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ラブ・ユー・フォーエバー       加藤 久幸

12月10日、ファイル 203-1.jpg水海道教会学園のクリスマス祝会が行われました。礼拝の中で、私は、澤谷由美子「おはなしのへや」を借りて、ロバート・マンチ「ラブ・ユー・フォーエバー」(岩崎書店)という絵本の紹介をいたしました。

…出産直後の赤ちゃんに、お母さんがおっぱいをふくませながら、ゆっくり、やさしく歌い出します。 

アイラブユー いつまでも
アイラブユー どんなときも
わたしが生きているかぎり
あなたはずっと わたしの赤ちゃん

さて、赤ちゃんは2歳になり、家中を走り回ります。「この子のせいで気がくるいそうだわ」と母親は叫びます。坊やは9歳になり、まるで暴れん坊の怪獣のようです。「こんな子、どうぶつえんにでもうっちゃいたいわ」と母は嘆きます
坊やはティーンエイジャーになり、へんな友だちをつくり、へんな服を着て、へんな音楽を聞いています。「まるでどうぶつえんにいるみたいだわ」と母は思います。

少年は大人になり、家を出て、隣町に住むようになります。でも母は、その立派になった大人の息子を抱いて歌うのです。

アイラブユー いつまでも
アイラブユー どんなときも
わたしが生きているかぎり
あなたはずっと わたしの赤ちゃん

そして、母親は年を取り、病気になり、歌うこともできなくなりました。すると息子が母を抱き、歌い出すのです。  

アイラブユー いつまでも
アイラブユー どんなときも
わたしが生きているかぎり
あなたはずっと わたしのお母さん

家に戻ると赤ちゃんが眠っています。父親となった彼は、我が子を抱いて同じように歌い出すのです…

クリスマスは誕生の物語です。人は、いつ、どのようにして、生まれるのでしょうか。いつ、どのようにして、人となっていくのでしょうか。「ラブ・ユー・フォーエバー」、「いつまでもあなたを愛していますよ」。祝福のうちにクリスマスを!

待ち望む時             加藤 久幸

ファイル 196-1.jpg
もう幾つ寝ると、お正月。お正月には‥」という歌があります。年配の方にとっては懐かしくもありますが、最近はこの歌はほとんど聞かれなくなりました。

私の子どもの頃には、新年・正月を迎える準備が、師走・12月には始りました。掃除をする、飾り付けの準備をする、年賀状を書く、正月の食事の準備をする。子どもたちはお正月の当日も楽しみでしたが、その備えをする時も、みんなでワクワク・ドキドキしながら過ごしました。

幼稚園・センターでは、クリスマス祝会の準備が始まりました。教会学校、教会の準備も始まっていきます。今年の教会の準備は、11月21日の大掃除から始まります。

11月27日には、クランツ作りや会堂の内外の飾り付けを行います。関係者にクリスマスの案内を送ったり、各々にクリスマス・カードもお送りするでしょう。また、祝会の出し物の練習、愛餐会の用意なども進められていきます。困難な歩みや祈りに覚える団体への献金を届ける準備も成されます。

そして、私たちは、礼拝や集会を通して、アドヴェントやクリスマスの物語を聞き、触れていきます。
クリスマスもお正月もその日限りのイベントではなく、その日に向かって一日一日進んでいく待ち望む時であり、その実現の時です。私たちは、迎える様々な準備をしながら、クリスマスの出来事を、全身で感じていくことになります。

クリスマスは新しい命の誕生の出来事ですが、新しい命を迎えるための備えは、人々に変化を促し、世界が変わっていく様相を示します。私たちは、子どもたちと共に、具体的な準備を積み重ねつつ、ワクワク・ドキドキしながら、この時を過ごします。

そして、この備えの歩みを共に辿って行く時に、私たちは、生きる命が与えられていることに、気づかされることになるのです。「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。」(ヨハネ伝1・14)

最近の動きとお願い       加藤 久幸

ファイル 188-1.jpg先月に続き、教会の最近の動きとお願いをさせていただきます。

1.「交わり」の発送

2~3月に一度、教会報「交わり」を、暫くお休みをしている教会員に、お送りします。現在、「交わり」と週報は、礼拝出席ノートに名前のない方の分を、礼拝後に各々の週報棚にいれています。また、礼拝に継続的に参加している方は週報棚があると思いますが、お名前を記入することと、時折ご自分の週報棚をご確認くださるよう、お願いをいたします。

2.教会の奉仕について
 
教会の活動の多くは、教会に集う方々の奉仕によって支えられています。現在、次の奉仕をしてくださる方を募集中です。やってみようと思ってくださる方は、牧師か役員まで、声をかけてください。

○「交わり」&週報を週報棚に入れる
○「交わり」などを発送する。
○外掲示板の次週予告(墨字)を作成する。
○礼拝の奏楽を担当する。
○教会学校の奉仕、例えばお話を担当する。
○教会のホームページの更新をする。

★その他の係や奉仕もあります。今までの一
覧表を参考までに掲示しておきます。

★奉仕の内容、回数・頻度は、相談の上で決めますので、どうぞ宜しくお願い致します。

3.来年度に向けて
 
10月~12月、ディ・キャンプ、収穫感謝礼拝、教会キャンプ、幼児祝福礼拝、アドベント、クリスマス礼拝&祝会と、活動が豊かに続きます。教会役員会において、来年度に向けて、教会の活動のグル―プや仕組みを、より充実したものにするために、11月から継続して協議することになりました。皆さんの意見や要望など、役員会までお寄せください。

教会の秋の歩み          加藤 久幸

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2010年度の教会主題聖句として、私たちは、「主よ、あなたはわたしの希望」(詩編71編5節)を掲げました。2009年度の教会創立110周年のお祝いを経て、私たちは、信仰を確かにされ、交わりを豊かにされる、教会の歩みを共につくっていきたいと願いました。

何事にも時があるのでしょうか、今年度は新しいメンバーが与えられました。歓迎会の様子は『最近のトピックス』にありますが、許されるならば新来会者に自己紹介の文章を書いていただきたいと願っています。また、キリスト信仰に関心をもち、洗礼を希望される方々も現れました。主の導きを得て、良き備えが成されるようにと願っています。

水海道教会に長く関わっている方々の関与も、役員会で検討してきました。久しく礼拝に来られていない現住陪餐会員の方々に、せめて「交わり」などを送付しようということになりました。これに伴い、週報棚を新しくしました。欠席をした方には、礼拝後に週報を棚にいれるように計画しています。具体的な方法は、10月役員会で継続して検討しますが、皆さまには、今までどおり礼拝出席ノートにお名前の記入を必ずお願いします。

その他、教会広報紙『交わり』で、「役員会報告」を行うように計画しました。それぞれの教会においても情報の共有は課題となっていますが、できることから始めたいと考えています。

最後に、これも長く話題にしてきましたが、主日礼拝の聖書朗読の後の祈りを、開会祈祷として司式者が行うことにいたします。久しぶりの変更なので、司式をしてくださる奉仕者とも確認をしながら進めたいと思います。

いくつかのことが動き始めてまいりますが、疑問の点やお気づきの点があれば、牧師・役員までお知らせください。また、教会の活動への参与、奉仕についても、改めて現状の報告をしたり、志のある方が参加できるような方向性を提示しながら、教会全体で考えていきたいと願っています。

教会の秋の歩みの上に、主の導きを祈ります。

「あなたはどこに?」       加藤 久幸

私たちがお盆と呼んでいる日は、梵語ファイル 175-1.jpg(ぼんご)のウランバナを「盂蘭盆」(うらんぼん)と書いたことから、来ているらしい。もともとは「甚だしい苦しみ」という意味で、地獄で餓鬼道に落ちて食物を食べることができず、痩せ衰えているご先祖さまに食物を供えて供養し、その冥福を祈ったという行事らしい。

…お盆の日には地獄の釜の蓋が開いて、精霊がこの世に帰って来るというので、盆の十三日に迎え火をたいて精霊迎えをするという習慣がある。…関連して「送り火」もある。…その他、亡者を慰めるための念仏踊りから来た「盆踊り」、餓死者を慰霊するために始まった「花火(大会)」もある。

上記は飯清さんの「教会のこよみ・日本のこよみ」を参考にしたが、お盆の諸行事の始まりには飢餓、供養を必要とする現実があった。

私たちの現世はどうか。記録的な猛暑、高温と旱ばつによる不作、飢えと渇きに苦しむ人、止むことのない紛争。自然界も人間界も「異常」事態の連続である。

今に伝わる夏の祭りや行事には、商業主義に踊らされたり、単なるお祭り騒ぎに陥っているものも多い。しかし、その始まりには、先人たちが、痛ましい現実と向き合い、現世の救済を求めたことにあったのではないかと、我が事として考えさせられる。

飯さんは、今に伝わる節供や行事も、パーソナル(本人・当人)が受けとめることと、自発的な共同の営みとして担うことの、大切さを述べている。国や団体が、みんなが昔からしているから、その時を迎えるのではない。  

いつも忘れられないでいる人は、普段から、召された人を覚え、困難の中にある人を想い、時に人々を誘い、成しうる日々の業に勤しんでいる。日々是好日。お盆の諸行事も、8月15日の記念日も、「あなたはどこに?」、新たな始まりの時となるならば、幸いです。

歴史の中で生きて働く          加藤 久幸 

ファイル 168-1.jpg今年の水海道教会には、転居などで、新たに礼拝に参加する方々がおられます。今春隠退されて水海道教会に来られているJ牧師夫妻、彼らの山口時代の友人Sさんが、先週の礼拝に参加してくれました。 

Sさんから早速礼状をいただきました。「主の御名を讃美いたします。過ぐる聖日には御教会の礼拝に参加させて頂き本当にありがとうございました。初めて訪れた土地で新しい教会との出合いが与えられ、そしてその教会の先生や信徒の皆さまとの交わりが与えられることは本当に大きな喜びです。」

このSさんの宇部緑橋教会には、私たち夫婦の学生時代の友人のご夫婦がおられます。30年前に青森の地区青年会で共に活動した仲間で、その後は、各々の生活の場所で教会に連なり歩んできました。

この間、年賀状を交わすぐらいで、困った時に電話で1、2度相談をすることがあったぐらいであろうか。Sさんとの出会いを得て、互いの歩みを改めて想い起こし、かの教会のことを思いました。

Sさんの礼状は、水海道教会でのK夫婦との出合いに触れ、「私の妻の親友の御主人が、会津白虎隊生き残りの唯一人の直系の子孫で、その生き残りの人が助けられて山口県山陽町で育てられたということを踏まえて、会津と萩との関係修復を願って活躍しておられる」ので、とても親しみを感じたとありました。

私たちは、会津と長州の関係も、そして、新約の初代教会の時代のことも、遠いことのように感じています。しかし、今回のような出会いと交わりの体験を通して、歴史の中で生きて働く人々がいることを、改めて知らされます。

そして、時や場所が違っていても、主イエスを信じる教会の交わりと活動が、変わらぬ姿で生き続けていると、教えられます。

「風」に散らされて飛んでいった各々の「種」の歩みを伝え合う、幸いと喜びを感謝します。

関東教区のアイデンティティ       加藤 久幸 

ファイル 162-1.jpg第60回関東教区総会に参加しました。第20号議案について、若干の説明をしておきたいと思います。
 
昨年の教区総会に、議員提案として第27号「聖餐式の正しい執行に関する件」が審議されました。その内容は、「聖餐式の執行に関して、陪餐者の資格を受洗者とする教憲・教規に従って正しく執行することを教区の各教会に徹底すること、また、教団全体にそのことを訴える運動を起こすために、以下の決議文を教団常議員会に送付する。
決議「わたしたちの教区は未受洗者の配餐という教団の一致を乱す事態を深く憂慮し、聖餐を正しく執行し、すべての教会が生きたキリストの教会としての一致を回復するように願います。教団常議員会が、教団のすべての教会に対し、教憲・教規に基づいた聖餐式の正しい秩序を守ることを訴え、その徹底を図るように申し入れます。」
 
昨年の総会は、この議案提案の様々な問題点もあり、また審議も十分ではなかったため、この議案は常置委員会に付託になりました。

以下は私の見方でありますが、常置委員会は、この1年間十分な議論をせず、最後の常置委員会で「強行採決」をしました(当日は、反対をしていた委員が欠席で、多数決の結果11名中6名の賛成で可決されました。)採決をも含め常置委員会に託されたのか、この取り扱い・決定には多くの疑義が寄せられ、第60回総会には、その決議に反対する議案(第20号)が提出されるという経過をたどります。

時間のない審議の中、教区総会議長は「審議未了廃案」を宣言し、この議案は「消滅」させられました。
第60回という記念の教区総会は、いろんな取り組みにおいて連帯と一致を求めて歩んできた関東教区のアイデンティティが「変質」するという総会になったのではないかと感じたのは、私だけであったでしょうか???

新しい歩み            加藤 久幸

ファイル 150-1.jpg新しい年度が始まり、私自身はまだまだ落ちつかない日々を過ごしています。今年度の仕事もまだ定まらないのに、来年の春を想定した仕事も、すでに動き始めています。

私が責任の一端を担う神学校でも、卒業年次の学生たちの卒業論文の題目決定、卒業後の進路についての相談が、始まっています。最終的には、年度末や来春に「結果」が出ることですが、その時に向けた歩みが始まっています。

五里霧中、暗中模索の学生もいれば、目標を目指して確実に歩み始めている学生もいます。学生たちと話し合いながら、「交わり歩む」1年がまた始まったと、実感しています。

そして、そのような学生たちと関わりながら、今春卒業して旅立った「牧師1年生」の方々のことを想像します。初めての土地、人々との関わりを新たに創っていく日々、食べ物も言葉も風習も違うことが多々あるでしょう。

「牧師の仕事は『住職』です」と言われることがあります。住んでみてわかる、住んで共に生活をすることが牧師の仕事なのでしょう。何よりも、先ず、その教会・地域に招かれて、生活の全てを支えられていることに、気づくことができればと願っています。

見も知らぬ自分が受け入れられていることに感謝することができるならば、支え合い共に歩んでくださる方々とのこれからの歩みも、信じることができるのではないでしょうか。未知なる「わたしたちの道」も備えられ、安心して進むことができるのではないでしょうか。

今春の神学校の卒業礼拝説教(題)は「あなたがたは教師と呼ばれてはならない」でした。知らないことがたくさんあるということがわかったので卒業する、という趣旨でした。招かれた地で、よく学び、よく働き、よく遊び、よく食べ、よく交わる‥。主イエスのような歩みを続けてほしいと祈り、願っています。

私自身は、神学校を卒業して、牧師生活20年目の年を、今年迎えました。人に云々の前に、私自身がそのような歩みとなっているのか、振り返りつつ歩む年でありたいと思います。

沖縄ツアー            加藤 久幸

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3月24日(水)学園の年度末の教師会を終えて、羽田に向かった。最速の乗り換えを重ね、何とか滑り込みセーフ、機上の人になった。疲れもあってか、目が覚めたら、飛行機は那覇に到着するところであった。外に出ると、すぐさま、懐かしい感覚、気がよみがえってきた。

今回は、茨城地区の「沖縄を旅する有志ツアー」。日程は25日~27日の2泊3日、参加者は7名(うち高校生が2名)であった。

関東教区に来て3年目の2008年11月、橘秀紀牧師の「辺野古の基地を通してみるこれからの日本」という講演を聞いた。それは、関東教区が沖縄教区とどのように交流をしてきたかを、内側から聞く経験であった。
そして2009年「有志でもいいから茨城地区で沖縄に」という声が上がり、今回実現の運びとなった。

この間、地区では、10月25日社会部で平良修牧師の「沖縄にこだわりつづける~沖縄と日本、沖縄教団と日本基督教団~」という講演会を開催、11月9日教師部で「沖縄戦 金城重栄さんの証言」ビデオを鑑賞するなどの準備があった。

普天間、辺野古、嘉手納などの基地や基地「予定」地、壕や戦跡、祈念の地や場所を訪れた。沖縄教区や「ぎのわんセミナーハウス」を始めとする友人知人の温かいもてなしと真剣な対話の歓迎を受けた。

「帰る時に普天間のヘリを、2、3機持って帰って?」「沖縄の基地を茨城で引き受けて」と、冗談とも本音ともつかぬ声を、今回は聞いた。同時に、何年も座り込みを続けている辺野古で「どこにも基地を造らせてはダメ!」との静かで変わらぬ声も聞いた。

交わされる会話と交流の背後に、何百年の琉球の歴史、沖縄戦の傷、戦後の米国・日本の支配の苦痛、「命こそ宝」の自然と人間の営み、生の感覚・気を、繰り返し感じた。

高3になる息子は、「今回は自分で(自覚的に)沖縄を見た」と、感想を口にした。彼にいろんな話をしてくれた「おばあ」は、父の若かりし沖縄での姿も話したようである‥。各々歩みは異なれど「一人一人自覚的であれ」と、心に刻む旅であった。

レント             加藤 久幸 

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レントは、受難節、四旬節、大斎などと呼ばれています。イースター(復活日)の前の6つの日曜日を除く40日間を指しています。

その始まりの日が「灰の水曜日」で、今年は先週2月17日(水)からレントに入りました。カトリック教会では、この日信者たちは額に灰のしるしを受けます。この灰は、前年の「棕櫚の日曜日」に用いた葉を一年間教会に保存しておき、焼いたものです。灰は、古代から、悔い改めや深い嘆きのしるしとして用いられてきました。燃え尽きた情熱、炎も熱も失ってしまった状態を示すとされてきました。

西欧では、イエスの荒れ野の40日になぞらえて、レントの期間に断食も行われてきました。聖公会では、斎日(断食日、肉を断つ日)が40日間続くというので、大斎、大斎節と呼ばれます。

レントを厳格に守る教派では、この期間には結婚式などの祝い事をしないこと、ハレルヤなどの祝祭頌歌を用いないことが通例となっています。

プロテスタントの教会、私たちの教会でも、この期間に、懺悔と悔い改めを表すという紫の布を用います。今週から聖書台の飾り(パラメント)が紫に変わるのも、こういう背景によるものです。

私は、宗教的な風習というのは、違いはもちろんあるものの、洋の東西を問わず相通ずることが多いと思います。冬から春への季節の生活、食料事情など、人間の生活に根差しているのですから、当然と言えるかも知れません。

各々の宗教的な理由や風習には敬意を覚えつつも、この期間は、人間の、私たちの歩みの基本を見直す時でありたいと願います。古くからありますように、レントの前の数日間は、謝肉祭やカーニバルが大々的に行われます。現代も、暗さを吹き飛ばす、辛さを紛らわそうとする行事や催し物が大賑わいです。

困難や苦しみの中にある人々を覚え関わった、イエスの生き方・歩みの中に、熱があり、春があり、希望があると信じます。今年の復活日は4月4日です。日々の歩みが導かれ備えられますよう


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