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2012年の心構え     加藤 輝勢子

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新しい年が明け、日中は穏やかな天候が続いておりました。しかしその分、朝晩の冷え込みは大きかったように思います。そしてここ数日前より、とても寒い日を迎えております。ふと気が付くと暦の上では「大寒」の季節を迎えていました。私は改めてこの寒さに納得した次第です。
 
2011年は「東日本大震災」がありました。台風大雨による、自然災害もありました。そのことで私たちはおのずと生活に変化がありました。

また私の職場である本所賀川記念館では、本部を合わせて3施設だったのが、港区白金にもう一つの施設が加わり、職員数も増えました。変化の多い年でした。

役職としてどっしり構えて事に対処しなければならないのに、何かと浮き足立っていたのではと反省を多々しております。計画的に仕事をしていたつもりでも、実際はその日その日を何とか乗り切ることだけで精いっぱいだったのかもしれません。何かをするとき、自分の立場の大変な状況の説明をして、言い訳だけをしてきたようにも思います。
 
2012年、私はできないことを言い訳するのではなく、もっと前向きに物事を捉えようと思っています。仕事をさせられているのではなく、喜んで仕事をするように、もっと言うなら、「事に仕える」仕事ではなく、「人のために動く」ことができる「働き」をしたいと思います。「働くこと」は傍の人を楽にすることだとも言われています。そんな歩みをしたいと思っています。

教会においてはもっとできることを増やす年にしたいと思います。自分自身では聖書の御言葉を聴くことへの集中、聖書を読む会への参加の回数を増やす、教会員との時間をもう少し持てるようにする等々です。

職場においては職員も多く変わったこともあるので新しいスタート、いろいろなことへチャレンジの年として歩みたいです。

2012年12月の時に一年を振り返って、日々神様に生かされていることに感謝し、できなかったことの言い訳をしないような歩みができますように。

今年もよろしくお願いいたします。

初めてのバザー       加藤輝勢子

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水海道教会では今年10月22日(土)教会全体の取り組みとして教会ミニバザーを、初めて実施しました。大人から教会学校の子どもたちまでそれぞれのお店の売り子になったり、作ったり、値付けをしたりと、忙しくそして活き活きと参加していました。教会に集う者たちが年齢を超えて、同じ目的のために活動できたこと、このような機会を持てたことは本当に良かったと思います。

今年、私はもう一つのバザーをしました。それは11月3日の本所賀川記念館の記念館大バザーです。このバザーは毎年この日に実施されるので、残念ながら、私はいつも教区や地区の集会には参加できずにいます。
記念館大バザーは建物が建って以来行なわれていて、今年で42回目ということになります。でも、もっと昔から行っていたと言う方もいます。

毎年7月に保育園、教会、記念館の職員でスタッフ会を立ち上げ、下準備をします。保育園父母の会、記念館保護者会、ボランティアの会等も交えて9月にバザー委員会を開きます。ご近所のお店からチラシに載せる広告を取り、7000枚以上のチラシを新聞折り込みとして配布したりしています。八甲田や土沢教会との交わりもあり、販売委託もしております。

益金の用途はその年の「天災害で困っている内外に向けて献金すること」「建物で三者が共通して使用しているところの修繕等に使われるための建物積立金」「保育園・記念館の活動のために」「地域活動のために」となっております。

特長なのが三者で実施しているにもかかわらず、益金の配分に「教会の活動のために」というのが入っていません。これは東駒形教会の姿勢です。建物にある保育園、教会、記念館の真ん中にある教会が地域に仕え、三者の要であるからという姿勢だと伺っています。

ここ最近のバザーの傾向は益金増額に力を入れるというよりは参加している者たちの交流であったり、その施設の活動を理解してもらうためであったりすることが多いようです。

水海道教会のミニバザーは産声をあげたばかりです。神様に喜ばれる業として、みんなのわずかな力が集められ用いられるにと願うものです。

「立場が変われば…」  加藤輝勢子

10月9日礼拝後、私は法人の野外キャンプ研修に一泊で参加しました。「あすなろの里」(常総市)で実施しました。自由参加の研修で、当初の年間予定に入っていなかったこともあり、10名の参加でした。3時、現地集合です。

地元受け入れの私としては、食材等の買い出しをしての参加です。大の大人十人の食材の量をイメージしながら、ロッジ棟に向かいました。昨年子どもたちとオータムキャンプで利用した時と違って、今年はロッジの近くまで車で乗りいれができました。荷物等を近くまで持っていくことができて大変便利でした。そのような環境と連休ということもあり、多くのグループや家族で利用されていました。

「あすなろの里」に初めて訪れた職員もいて、開会礼拝後、施設内見学から始めました。菅生沼の橋を渡り、体育館、学習棟、展望風呂、食堂等を足早に見学し、動物園と水族館に着いた時にはタッチの差で閉まっていました。

気を取り直して、キャンプファイヤーの薪の組み方研修、飯盒、かまどの火の熾し等を研修しました。キャンプ引率未経験者は、メモを取りながら真剣に取り組んでいました。夕食は飯盒炊飯とBBQをしました。夜の会はアルコールが入って、キャンプソングを一杯歌い、語り合いました。やはり自然と仕事の話になっていて、みんなまじめだなと思いました。

展望風呂に入った時のことです。利用者がとても多く、洗い場が混んでいました。何人も場所待ちをしているところへ、子どもたちのグループが周りを気にしないで話をしながら洗い場を使っていました。そのうち他のグループの子どもたちが入ってきて、待っています。少し場所があるので「シャワーを使っていいよ」と子どもたちに勧めると2・3人で使い始め、かえって職員の方が借りている感じに見えました。

私は(子どもは身体が大人より小さいのだから一つの蛇口を二人で使うといいのに)なんて、心の中では思いましたが、ふといつもお泊りで利用させていただいている銭湯のことを思い出し、周りのお客さんは私たちのことをこう感じていたのだと思うことができました。慰労を兼ねて行った研修ですが、いろいろな良い経験、リフレッシュになりました。

副牧師の夏休みの過ごし方!!   加藤輝勢子

ファイル 267-1.jpg小中学校は7月21日から夏休みに入りました。そして休みを待ちわびていたように教会では野尻キャンプが始まります。4泊5日の醍醐味のあるキャンプです。今年も仕事の調整をして私は2泊3日ですが参加することができました。マザーの役割をし、クッキング隊、カヌーにチャレンジしました。お天気にも恵まれ、リフレッシュできました。

翌日、記念館の1-3年生のサマーキャンプ(清水公園にて、1泊2日、子ども50人、大人10人)に引率しました。短い日程でしたが、野外炊事、アスレチック、茨城県自然博物館、醤油工場見学と盛りだくさんに詰め込み、少し疲れました。

8月に入り、学童クラブでお出かけをしました。足立区にある「舎人公園」です。芝滑りや水遊びができるところです。途中、バケツをひっくり返したような大雨に見舞われ、子どもたちと共にびしょ濡れになりました。今まであんな雨の中での引率はあまり経験したことがありませんでした。しかし、その中でも子どもたちも職員も結構楽しんでいたので、かえって励まされました。

先週、児童館のサマーキャンプに(2泊3日、1-6年生、子ども45人、大人7人)行ってきました。このキャンプはリピーターも多く、川遊びをはじめ、豊かな自然を満喫しました。恒例の川遊びのメダカ取りは、子どもたちの協力もあり、大漁でした。2年前のメダカが今も児童館で飼われています。

今後は記念館高学年のサマーキャンプがあります。この時は夜に問安をします。
30日、2つの学童クラブ合同で、水上バスに乗って、船の科学館等の見学学習に行きます。

長い休みを利用して、いつもはあまり体験できないこと、自然の豊かなところで、そして広いところで思い切り身体を動かし、汗をかき、大声で笑ったりすること。みんなで協力して、何かを成し遂げること。けんかやトラブルがあっても何とか解決するようにがんばったりする良い時です   

活動を通しての経験が人とのつながりやコミュニケーション、自己肯定感を持ち、自信をもって一歩、前に進むことができればと願っています。

暑い夏に向きあう            加藤輝勢子

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ふと気が付くと、7月も中旬を迎えています。3月の震災以来、何が何だか心おちつかず、年度末や新年度を迎え、ゴールデンウイークでホッと一息ついたかなと思ったものの、気が付くと来週から夏休みを迎える時期が来ています。

梅雨の時期が思ったよりも短かったと感じたのは、私だけでしょうか。そして今年の夏、気になるのは、何と言ってもこの暑さです。酷暑と一言で言うのは簡単ですが、半端でない暑さに戸惑っています。日に焼けることを気にして、日焼け対策なんてことだけではなく、オーバーかもしれませんが、命の危険さえ感じる暑さです。

私の仕事の子どもたちとの関係から言えば、夏は野外活動の盛んな時期ですが、当然ですが、この暑さにプログラムの見直しさえしなければなりません。ちなみに、都立の公園では今年の夏は節電のために、水遊びのできるジャブジャブ池や噴水は水を流すのを週の何日かは中止しているところもあります。

震災で受けたことに対して、黙って身に受けるつもりでしたが、冷房等で涼しい夏をずーっと経験してきた者にとっては厳しい夏です。水分補給をこまめにとり、この猛暑、酷暑を乗り切りたいものです。

この暑さの中で教会学校の稲が青々と大きくなっていく姿に感動します。暑いと文句も言わず、むしろ喜んでいるように見え、雨が降ると水を得た魚のように、強い風が吹いてもしっかりと受け留めて日々を送っているように見えます。

野尻キャンプ、幼稚園のキャンプや児童館のサマーキャンプはもちろんのこと、毎日の保育、育成においても、細かな配慮をし、安全に、そして暑さ対策も、しっかりして臨みたいと思います。暑さの中にもいろいろな楽しみ方を見い出し、と夏の日々に向き合えるようにしたいものです。

お家にいる方々も節電は大事ですが、決してけして無理をなさらず、必要な涼をとるようにしてください。水分補給をこまめにして、「風通し」をよくして、暑い夏を乗り切りましょう。

賀川豊彦献身100年    加藤 輝勢子

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2009年12月は、賀川豊彦が神戸新川に入って活動を開始してからちょうど100年目の年でした。そのことを想起して賀川豊彦献身100年記念プロジェクトが計画され、賀川の関係する団体等でいろいろな企画が持たれました。

この度、2011年5月に、その当初から構想されていた『日本キリスト教史における賀川豊彦 その思想と実践』という本が出版されました。

社会事業家としての賀川豊彦、消費組合運動、労働組合運動、農民組合運動、普通選挙獲得運動、さらに戦後の世界連邦推進運動などの広範な分野における賀川豊彦の活動については、これまで膨大な量の研究がされてきたのに対し、キリスト教界における賀川豊彦研究ははなはだ不十分という認識があったようです。

神格化といえるような絶賛に近い評価がある一方で、全否定に近い批判的な研究もあり、しかもその両者が全く噛み合わないまま放置されてきたのが、キリスト教界における賀川豊彦の評価の実態ではないかという問題意識を持って企画されたようです。

第一部は今まで著名な研究者によってなされた先行研究が11論文おさめられています。そして第二部では最近の研究論文が6人によって書かれています。そして最後に“賀川豊彦をめぐって”として大木英夫・古屋安雄との対談も載っていて大変読み応えのある本です。

本所賀川記念館の賀川研究会では今まで雨宮栄一氏の3部作『青春の賀川豊彦』『貧しい人々と賀川豊彦』『暗い谷間の賀川豊彦』や賀川ハルをテーマにした加藤重著の『わが妻恋し』等を用いて読書会をしてきました。主に記念館で働く職員が仕事の終わった後、集まって学びの時を持っていました。東駒形教会の戒能信生牧師をスーパーバイザーに迎え、職員が持ち回りで発題者を決め、レジュメを用意して学んできました。

この度は9月からこの『日本キリスト教史における賀川豊彦』を読み始めることにしました。かなり難しいとは思いますが、みんなで格闘したいと思っています。ちなみに9月の発題は私です。

雨宮栄一先生は言っています。賀川のすべての活動は、彼にとってキリスト教宣教の業であった。伝道者としての当然の行為であったと。

『正しいパンツのたたみ方』南野忠晴著      加藤輝勢子

ファイル 240-1.jpg昔、年間行事に6月1日、「衣替え」という記載があり、その時を機に冬服から夏服に替わるという目安でした。しかし、近年の気候はその基準には当てはまらないかもしれません。また通勤しているとファッションからか、夏でもブーツをはいていたり、電車内の冷房がきついせいか厚着をされている方がいて、一概には言えない感じです。そして、そんな私は、余りの暑さに今日、思い立って「衣替え」をしました。
『正しいパンツのたたみ方』(南野忠晴著 岩波ジュニア新書)という本をご存知でしょうか。 13年間、高校で英語を教えていて、その後家庭科の教師になられた方が書かれた本です。ジュニア新書だけあって、とても読みやすく、高校生の現実を直視しながら、現代的な問題にも触れていて、家庭科って深い教科だったことを改めて思いました。この本のタイトルはある共働きの教師の悩みが基になっています。共働きで「男だから」「女だから」ということなく家事を分担していたそうですが、しかし、洗濯物で下着のパンツのたたみ方が違うと妻にいつも指摘されてだんだん落ち込むようになったと書かれていまいた。「それなら自分でたたんでください」という拒否宣言もできず、また家事は女性がプロで、男性が素人と考えて、聞くこともできなかったのでしょうか。これはパンツのたたみ方というよりはコミュニケーションの問題であると指摘しておりました。そのほかにも自立、家族や社会で生きることの意味、豊かに生きるためのスキル等が書かれていました。南野氏は大学入試のための主要教科は力を入れて勉強するけれど、副教科はおろそかにされる。しかし、保健体育、芸術、家庭科は人生を豊かにする主要三教科であるといわれています。
ちなみに「これが正しいパンツのたたみ方」というものはないそうです。自分のパンツのたたみ方を押し付けるのではなく、そういうたたみ方もあるのかという相手のことを認め合う、複眼的なものの考え方が必要ではないかと言われていました。
今日、「衣替え」をしましたが、パンツだけでなく、いろいろなものについてのたたみ方に対してどう思っていることやら・・・・。

「神のみことば」            加藤 輝勢子

ファイル 233-1.jpg愛する者たち、互いに愛し合いましょう。愛は神から出るもので、愛する者はみな、神から生まれ、神を知っているからです。(ヨハネの手紙Ⅰ4:7)
 
イースターを迎える前の受難週、葬儀礼拝と墓前礼拝に参加しました。一つは4月22日で、日本基督教団百人町教会担任教師であった岡田則子師の葬儀です。岡田師は2008年にスリランカのランカ神学校に日本基督教団派遣宣教師として遣わされていました。

私が岡田さんと知り合ったのは「教会で女性たちが元気になるように。また女性の視点で聖書を読むことの大切さ」などを話し合っていた教会女性会議(一年に一度開催)で知り合いました。特に三鷹にいたときの女性会議では共に事務局をしたこともありました。

私はそれから神学校の勉強が忙しくなったり、本所賀川記念館に勤めてご無沙汰していましたが、岡田さんが昔、本所賀川記念館に勤めていたことを知り、その話もしたいなと思っていた矢先の召天でした。病をもち、許された時間を自分に悔いのない人生をということで、スリランカに宣教師として赴いたそうです。

葬儀礼拝もすべて岡田さんの願いが込められ、聖書、讃美歌、説教者に至るまで本人の意思を尊重して行われました。上の聖句は岡田さんが選び、私たちに残した、そして伝えたかった聖句です。神さまを信じ、従い、終わりをしっかり見つめて歩んだ彼女に思いをはせました。

もう一つは4月23日の賀川豊彦の墓前礼拝です。雨の振る中、賀川の志を受け継いでいるワーカーたち、松沢教会の方、賀川の親族の方が集まり、今年も記念の墓前礼拝が行われました。

その後、「賀川豊彦とわたし」と題して本所賀川記念館の鵜沢よね副理事長が話をしてくださいました。子どもの頃、教会学校で聞いた賀川先生の話、東京大空襲のときに出会った賀川先生のこと、賀川の魅力に見せられて、多くのボランティアが本所に集まっていたこと、その賀川につながって現在の私たちの仕事があること、神さまに愛され、本当に小さな存在であった自分のことをも目にかけてくれていた賀川の話されました。

二つの礼拝に出て、神の御言葉は私たちの未来につながっ

「暗い町並みをすぎて」      加藤 輝勢子

この度の地震や津波に遭われ、亡くなられた方や大切な人を亡くされた方にご冥福をお祈りいたします。また避難されて命の危機にある方、大変不便な生活を余儀なくされている方に一日も早い回復ができますようにお祈りいたします。

3月11日に起きた東北関東大震災によって私たちの生活は大きく変えられようとしています。それは生活だけではありません。考え方、感じ方さえもそうかもしれません。

私のことでいえば、職場に行く時に今までは電車に間に合うように行き、電車が少しでも遅れると、次の電車の接続ができなくなるのでイライラしていました。しかし今はとりあえず電車が走っていることをありがたく思います。早めに家を出ることで職場に行くこともできます。私ができることをすることで解決します。

考えてみれば、私は朝から晩まで時間にあくせくしていたのかもしれません。世の中の多くの人もそうだったのかもしれません。夜、電車が暗い街並みを通り過ぎている時、あの家の家族はみな帰って来られたのだろうかと想うような感性があったのでしょうか。

学童クラブでお迎えに来る保護者に会うと、今日も無事保護者に引き渡すことができてホッとします。また、保護者の方も早めに帰ってくることで、いつもより子どもと一緒にいられる時が増えるのではないでしょうか。

みんなで節電をして、町に暗さが戻ってきました。今まで明る過ぎたことに気づかせてもらった感じもします。この時だからこそ、何を大切にして生きていかなければを教えられます。

ガソリンの販売制限がされています。そのことによってみんなに行きわたるようにと思います。お店やスーパーに行って物が売っていないこともあります。先への不安がそうさせるのでしょう。命を守ろうとして多く買ってしまうことがあるのかもしれません。

しかし、こんな時だからこそ、いつもと同じように落ち着いて生活することの大事さを感じます。今日一日生かされたことを感謝します。礼拝を守られることが感謝です。共に安否を気づかい、祈り合えることに、力を与えられます。

陳昌鉉氏のバイオリン          加藤輝勢子  

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『子どもの自尊感と家族』汐見稔幸著の第12章に“子どもの自分探しを応援する家族”というタイトルで、バイオリン製作の名人陳昌鉉のことが書かれていました。私は「自分探し」という言葉とバイオリンというキーワードで大変興味を持ちました。
本書で知ったことですが、陳氏の生涯を『ビックコミック』という漫画雑誌が「天上の弦」という作品で掲載したということ。また陳氏が自叙伝的に語った『海峡を渡るバイオリン』(河出書房新社)という本が出版されていることを知りました。早速、本屋さんに『天上の弦』全10巻を注文しました。また、市立図書館に『海峡を渡るバイオリン』の本を探しに行きました。残念ながら、常総市の図書館にはなかったのですが、茨城県立図書館から取り寄せてくれました。私はこの本を読むまでは陳氏がバイオリン製作者では世界で5本の指に入るくらい著名な人で、また在日の韓国人ということも知りませんでした。
陳氏は1929年に日本占領統治下の韓国の貧しい山村で生まれました。植民地にされた国が抱える複雑な問題と直面しながら育ちました。生まれたときからのこと、そして少年時代のこと、14歳で日本に渡ってからのこと、終戦を迎えて教師になりたいという夢と希望を持って明治大学の2部に入学したこと、バイオリン製作にどのように関わって行ったかということが詳しく書かれていました。いろいろな苦労をしながら、そして曲がりなりにもバイオリン製作で食べていけるようになっても研究を重ねて良いバイオリンを作ることへの姿勢などにも感動しました。
そして私が一番印象に残ったのが、朝鮮・韓国人への差別がとても大変だったことに対して心締め付けられました。
どんな苦境にも陳氏が前に進めた理由は自分の願っていることへの飽くなき追求があったからかもしれません。


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