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孫の時間             加藤久幸牧師

ファイル 533-1.jpg今回の私の原稿は「後出しジャンケン」のような原稿です。輝勢子牧師の原稿と併せて読んでいただくようにお願いいたします。初孫の滞在のことは触れるだろうなと思っていたら、期待を裏切らず、やはり書いてありました。しかも、彼女らしく「思うがままに生きている幼子」と感想が記してあります。
 
私は、無事に函館に帰った娘に、お礼のメールを送りました。「今回も、いろいろお世話になりました。忙しい私たちには、和み系のMちゃんでしたね。」 こう書いたのも、私・連れ合い・二男の息子の大人3人の生活は、猛烈に忙しく、自然の生活リズムと関係なく動いています。私自身、孫が一緒にいた数日間は、命にふさわしい孫の時間の流れ方を感じながら、全うな生活の在り方を考えさせられる機会でもありました。 
 
孫のMちゃんは、日が昇ると起き、日が沈むと寝るという生活リズムでした。母(娘)の願いであると想うのですが、人間としての心身が形造られる大事な乳児期を、母乳で育てたり、体内リズムが身につくように配慮し、養育している風でした。

その影響か、孫は、よく寝て、よく食べ、よく遊ぶ。起きている時は、いつも絶好調。娘も助産師として働いている時は猛烈な感じで動いていたのでしょうが、今は子育てに専念して楽しんでいるという風でもありました。その影響もあるのか、孫はニコニコで、赤ん坊というのはこんなにも笑うのか、と改めて再発見させられました。ほとんど「爺(じじ)馬鹿」のノリもありますが‥。
 
話を元に戻すと、孫と共に娘が帰ってきたので、私たちも、乳児を養育する娘の働きの恩恵に預かりました。食事・洗濯・掃除など、私たちの生活を支える営みがほとんど支えらました。メールの「今回も、いろいろお世話になりました」というのは、そういう意味なのです‥。

大人3人の生活が再開しました。乳児の姿に触れ、大人なりに全うな生活を考え、歩みたいと願っています。

充分に生きた死        加藤久幸

ファイル 522-1.jpg昨年、私[たち]は、敬愛する方々を天に送りました。私自身は晩年の数年間しかお付き合いがない方々なのですが、この人の生涯はどのようなものであったかを想像し、尋ね求めてみたくなるような方々であった。すでに公の事柄からは退かれてはいたが、日常の歩みから、その方の生き様(息づかい・心配り・祈り)がまわりに滲み渡るような方々であった。

そのような出会いと体験から、私は、今一度、イエスの生涯とは何かを思い巡らしたいと、願うようになった。イエスとはどういう人か? 聖書の中にある[伝記のように映る]福音書を読むと、イエスのことがわかるだろうと、誰しもが思うのではないか。 

しかし、聖書の福音書は、いずれも、その3分の1から2分の1を、イエスの最期の1週間の出来事に費やしている。また、イエスは30歳余の生涯であったが、福音書のほとんどの記述は、晩年の2~3年間の活動に集中している。
 
不思議なことに、親しい方の生涯とイエスの生涯を思いめぐらすことが重なる思いがした。そのような思いも抱きながら、イエスの誕生を祝う昨年のクリスマスの時に、讃美歌273「この聖き夜に」を歌った。この歌は、クリスマスの歌でありながら、イエスの生涯、彼の晩年・死、そして、その先をも視野に納めている。そして、機会があればと願っていたが、今年の受難日(イエスの死を記念する)礼拝で、この誕生の歌を選び、再び共に歌った。
 
私たちの人生の目的は何か? 古くは「世のため人のため」に生きるという言い方があった。最近では、「次の世代の世界のため」にという表現をよく耳にする。それは「次世代が楽して安全に暮らす」ということを最終目標としているのではない。一人ひとりを大切にする世が来るように、その使命(命を使う)に参与することに、私たちの人生の喜び・希望があると謳っている(また、命を授ける方の願いでもある‥。)

イエスと彼を敬愛した先達たちの生涯、そして存分に生きた死が、その喜びの出来事を伝えている‥。イースター(復活)の朝、私たちも、この使命に生き、新たに伝えるものでありたい。

新しい年度へと             加藤久幸

ファイル 510-1.jpg2013年度が終わろうとしています。振り返れば、沢山の山なみを越えてきたような年度でもありました。
教会の歩みでは、限られた交わりの中にも親しくさせていただいた方々を、神の御もとにお送りしました。

Mさん(5月7日)、一條愛子さん(5月7日)、Iさん(10月23日)、Fさん(2月21日)、Sさん(3月15日)。*括弧内は召天日。教会や学園に深く関わってくださった方々であり、また、その方に相応しい関わりをもってくださった方々でありました。また、教会員や関係者のご家族に、赤ちゃん、新しい命が誕生した年度でもありました。

さらに、3年前の東日本大震災を経て、課題であった会堂改修工事(バリアフリー、被災箇所修理)を完成させることができた年度でもありました。

学園の歩みにおいても、幾多の準備を経て、2014年3月31日付で、認可保育園(「育ちサポートセンター」)の設置が決定しました。翌4月1日には認定子ども園として認可され、水海道教会学園は幼稚園と保育園を運営することになります。

今年度、教会に関わるお一人おひとりの歩みは、どのようであったでしょうか。私も個人的にはいろいろありましたが、人間はそう変わらないものですね。誠実に取り組みたいという思いと要領が悪い営みとが織りなす、日々の連続でありました。「山のように仕事がある」どころか、やってもやっても「山脈のように仕事がある」、そのような年度の歩みでした。

今までの一年一年もそのようでありましたので、自らは驚くことはないのですが、「勤続疲労」は自覚しなければならないと感ずる、今日この頃です。しかしながら、年度末を迎え、慌ただしさの中にも、不思議な平安が与えられていることは、幸いなことなのでしょう。

新年度、教会は創立115年の歩みを始めます。学園の営みを含め、激動の歩みが続くことでしょう。学園の卒園生が「はじめの一歩」を歌って巣立っていきました。私も、私なりの一歩一歩を刻み、新たに歩み出したいと願っています。

有機的な交わり   加藤 久幸 

ファイル 501-1.jpg有機農業(本来の農業)をしていた友人の実践を紹介する。
 
彼曰く、「大地の恵み(農作物)は、多様な生き物の関わりの中で、育ち合って、豊かな実を結ぶ。人間も然り。私が関わり与えられた恵み(農作物)を、喜んで受けとめてくださる方々に分かち、その応答・感謝の捧げもの(彼は「代金」とは言わなかった…)をいただく。」

彼は無教会の信者であったが、牧師をしていた私にこう言った。「教会もそうでしょう。信者が10人いれば、それぞれが10分の1(献金の一つの基本の姿)を捧げれば、御言を分かち合ってくださる牧者の生活も、そして、10人の信者の生活も[互いに9割ではあるけれど]支え合うことができるのではないですか。」

有機農業は、農法・農業技術だけのことではなく、恵み(農作物)を受け取る人々の「有機的な関わり」を大切にしている。それは、宗教でも、教育でも、介護でも、あてはまるのではないだろうか。人は独(ひと)りでは、命ある者は全て孤立したら生きられない。そういう祈りとメッセージを、その友人はいつも発信していた。恵み(農作物)を届ける時には、農作物や人々を見守る彼の手紙が、いつも添えられていた。
 
東北に生きる彼のことを思い出したのは、私たちの今の時も、本当に向き合い、取りくむべき諸課題の根底に「孤立」ということがあると、改めて思い直したからである。

北海道の友人の牧師は、「限界集落」が広がっていく現実の中で、人の関わりがなくなったところでは人は生きていけないと語る。そして、象徴的に、雪国の教会堂の十字架は、十字架の縦棒は残るが、横棒が重さに耐えかねて最初に崩れ落ちる、と述べている。横棒(人との関わり)をなくした時に、教会は存在の意味を失い、そこには存在できなくなる‥。それ故、北海道の教会は、「死活」問題として、交わり・連帯を祈り、自らの事として取り組んでいるのだろう。

しかし、このことをしてくださるのは神さまであると、私たちは知っている。冒頭紹介した友人の農場の名前は「マナ農園」であった。私たちが生きるために必要な、食べもの・ことば・仲間も、神さまが与えてくださるのである。

阪神淡路大震災から19年目 加藤久幸

ファイル 489-1.jpg1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災から19年目を迎えました。犠牲となった6434人を追悼する行事のことが報道されています。

2011年3月11日に発生した東日本大震災では、15883人が犠牲となり、2654人がいまだ行方不明となっています(昨年9月警察庁発表)。避難をしている人の数は、289611人にのぼると言われています(昨年8月復興庁発表)。

追悼行事に東北からも訪れる人がおり、追悼の祈りを重ね、復興の願いがささげられました。
         *
 1990年代から各地で自然災害が頻発し起こるようになったと、私自身は受けとめています。避けられないこともありますが、私たちの暮らし方・生き方が問われていると感じています。 

何度か訪ねた阪神では、6434人の沢山の人が亡くなったというのではなく、一人ひとりのかけがえのない人生があり一人ひとりの死が6434回あったのだという、声を聞きました。そして、一人ひとりの生と死を聞きとり、追悼する活動にも触れることもありました。
         *
確かに、自然災害は非日常のことですが(果たしてそうか?)、それは私たちの日常を露わにする出来事だと、思わずにはおれません。自然の変化やそこで起こった出来事を忘れてしまうのが、この世の常であるかもしれません。 
しかし、「何年経っても悲しみが薄れることはない」という被災者の声が、心に響きます。
         *
阪神淡路大震災ではボランティアが活動し、ボランティア元年とも呼ばれました。「弱さを絆に」「小さな繋がりを」大切にする歩みも、新たに始まりました。阪神淡路大震災では避難した人は最大23万人と言われていますが、いまだその途上にある方々に寄り添う働きも続いています。

時が解決するのではなく、時が経つとともに、孤立や生活の困難、自然や社会のひずみが深刻になることもあります。そのような中で、一人ひとりの命を気づかう関わりこそが喜びであり希望であると、心に刻む1月17日でした。

もう一つのクリスマスの出来事   加藤久幸

ファイル 482-1.jpgクリスマスは、イエスさまの誕生の物語です。もしあなたが、その出来事を現代の人に伝えるとしたら、どのように脚色するでしょう?




ある冬のこと、一つの星が光り輝き始めた。あの星が落ちてきたら大変なことになる‥。(地震、津波、火山爆発、隕石衝突など、こんな事態になったら、ともかく逃げなければならない‥。)大変な事態が起こるかも知れないと逃げ惑う人々の中で、その現場近くにいて、逃げることのできない人たちの救出に向かう人たちがいた。その一群が、羊飼いの人たちである。

彼らは、そこで新しい命が誕生する出来事に遭遇する。何もかもひっくり返す嵐のような大騒ぎの中で、一人の赤ちゃんが生まれた‥。そこに居合わせた人々は、「無事に生まれた」「本当によかった」と歓声・祝福の声をあげた。

この赤ちゃんには、寒さをしのぐための家畜小屋、寝かせるための飼い葉桶、布が用意された。居合わせた人々、そして到着した羊飼いたちは、緊急用の食事を分かち合い、数日間を過ごした。

その後、遠くからやってきた救助隊が到着した。彼らは、この出来事を以前から予測していた‥。多数の亡くなる方、病人が出るかも知れない、物資が不足するかもしれない。彼らは、必要と思う乳香・没薬・黄金(葬祭具・医薬品・物資・献金など)を携行して到着したのである‥。

幸いなことに、星が落ちるということは、回避された。しかし、そこには、病気の人がおり、また、様々な助けを必要としている人がいた。その救助のために、人も物資も献金も用いられていくことになった‥。そのやり方は、当然のごとく、助けを必要としている人を探し求め、尋ね当てていく風にして、展開されていった‥。



最初のクリスマスの物語を聞いて、私は、星から地上で命を与えられた世の人々に、輝きのバトンタッチが行われたと、考えたりします。イエスさまは、自分がどのようにして誕生したかを忘れることなく、生涯を「救助」に捧げたとも想像します。そう、クリスマスは、私たちの誕生、人生を受けとめ直す物語でもあるのです。

牧師室の窓   加藤 久幸

ファイル 472-1.jpg東日本大震災から2年8カ月が経ちました。教会から送り出され、教区被災支援委員会の働きに参与させていただいている事を感謝いたします。

その関わりの中で、教会や幼稚園・保育園、関係団体の様子を垣間見たり、被災した方々の歩みに触れる機会があります。建物の復旧工事を終えて新しい歩みを開始している方もいれば、ようやく工事に取りかかり今その渦中にある方々もいます。また、仮設住宅などで生活していて、帰還の見通しが立たない方、今後の展望が見い出せない方々もおられます。さらには、何をするにしても気力がわかず、病気になっている方もいます。日々の歩みや活動が「休止」状態になったままであったり、試練の連続という場合もあるようです。

そういう出会いの中で、ふっと心に浮かんだのが、十字架のイエスを取りまく一握りの交わりです。実際にはイエスの死の現場に立てませんでしたが、イエスを慕って離れることができずにいた女性たち。そして、往きがかりでイエスの死に最後まで付き合うことになってしまった男性たち。イエスを取りまく弟子たちや人々が逃げ去った後、人間の思いが雲散霧消した後に、この小さな、小さな交わりが残されたのです。

[旧約]聖書に「残りの者」という約束があります。この残された者たちこそが「主にある交わり」を生きたのです。残りの者たちに、主が、復活のイエスが臨んでくださるという不思議なことが起こったのです。

いろんな教会や団体の歩みを見聞きしますが、「主にある交わり」の内実を宿している歩みは幸いです。主が臨んでくださるからです。そして、その交わりは、主イエスの道を示していきます。「神の国は近づいた。‥福音を信じなさい。」(マルコ1・15)「あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」(ルカ23・43)。

敬愛する教会の女性を、思いもかけずに、天に、神のもとにお送りすることになりました。いろんなことが受けとめられないまま、私も日々の勤めを果たしています。そんな中、讃美歌385「花彩る春を」が、私の内外に新たに響いています。姉妹のことを思う時に、主の道を思い出すのは、彼女が真の「残りの者」であり続けたからではないでしょうか。悲しむ人々が慰められますように。

「何かが違う」水海道教会学園の運動会

10月12日(土)水海道教会学園(二葉幼稚園&育ちサポートセンター)の運動会が、水海道小学校で行われました。この日は、10月としては記録的な暑さでしたが、前日からの風もおさまり、お天気にも恵まれ(すぎ?)た一日となりました。
学園には、一人ひとりの個性を尊重する伝統・空気があるように思います。その年、その学年の子どもの姿を受けとめ、取り組む遊戯などの「競技」が練られていきます。かけっこやリレーも、その時の子どもにふさわしく走る距離やスタートの合図なども検討されることになります。子どもたちも思いや意見を出し、受けとめられ、陶冶されていきます。今年は、情緒や言語、肢体や病弱など、課題のある子どもたちも一緒でしたが、子どもたちが互いの存在を認め合いながら、運動会に取り組みました。もちろん、そこに教師の祈り、配慮や手当てが添えられました。
また、運動会の準備では、例年のことですが、門などの飾りに、子どもたち一人ひとりが作った作品が用いられます。これも、運動会を形作り、会場に子どもたちの思いを表す業でもあります。
これらの取り組みは、初めて来場された方には、具体的にはなかなか受けとめられないものかもしれません。しかし、学園の運動会に来られた方は、ここには何ともいえない大切なものがあると、多くの方が感じてくださったように想います。様々な方々から、「何かが違う」という感想を聞きました。私が想うに、私はここまで「競技」とカッコ付きで書いてきましたが、学園の運動会は互いに競うだけのものではないと受けとめています。一人ひとりが「心を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして」というのはもちろんですが、同時に、「隣人を自分のように愛しなさい」ということが在るのです。「運動会」を「お遊戯会」と言い換えるのは躊躇もありますが、学園の運動会は子どもたちが遊び戯れる、幼稚園(子どもの園)の遊戯の楽しさを、今も大切に醸し出しているのではないでしょうか。だから、毎日が運動会!
この伝統・雰囲気を支えているものは何かを尋ね求め取り組んでくださった教職員の働き、そして、祈り声援くださった関係者の皆さまに感謝します。私も喜びに溢れる時でした。

老若男女が出会う           加藤 久幸

ファイル 454-1.jpg新しくなった会堂で、初めて礼拝を献げた9月8日の説教で、一つの歌を紹介しました。

キャンプであいましょう

1.名前も知らずに君の手と 
草木のアーチ グングン進んでいく
年下だったけれど 
誰よりも 大きな君に憧れた
♪空に虹が浮かぶと
不思議と涙が止まらない
ぼくらのキャンプは始まったばかりさ
いばらの道をかきわけて
この先ずっと歩いていく
ぼくらのキャンプは始まったばかりさ
またいつかキャンプであいましょう!!

2.暗い夜空を見上げれば
  星のまばたき キラキラ光っている
  写真はないけれど
  この胸に 小さな夢を焼きつけた
   カレーライスそんなに
   おいしそうに食べる君忘れない
   ぼくらのキャンプは始まったばかりさ
   勇気の種をばらまいて
   花を咲かせる旅になる
   ぼくらのキャンプは始まったばかりさ
   またいつかキャンプであいましょう!!
♪ くり返し
   またいつかキャンプであいましょう!! 

 改修工事は、高齢者の方や障がいのある方が、覚えられました。水海道教会は、幼児や子ども、青年たちを覚える教会でもあります。多くの子どもたちが、キャンプで育ち、キャンプソングを口ずさみ養われてきました。

その影響か(?)、教会の「研修親睦会」も、修養会ではなく、「教会キャンプ」として行われてきました。今年の教会(1日)キャンプは、本日の会食・完成感謝会という形で行われます。

老若男女が集い、出会う。教会で会いましょう。神さまの前を歩みましょう。日々の中で、勇気の種を蒔き、花を咲かせる旅を続けていきましょう。私たちの歩みは始まったばかりです。

 千鳥が淵 平和を祈る        加藤 久幸

ファイル 442-1.jpg8月15日朝、千鳥が淵戦没者墓苑に出かけてきました。

地下鉄の九段下の駅から地上に出て、九段坂を登っていくと、すぐに田安門の交差点に差しかかります。右に靖国神社、左に曲がると武道館があります。

8月15日の朝、この場所は右翼の街頭宣伝車が来たり、警備の警察・機動隊車輛が配備されたり、物々しい雰囲気に包まれます。今年は内外の情勢の変化や動きがあり、とりわけ騒々しい雰囲気を感じました。ファイル 442-2.jpg

この交差点を超えて、左に折れて暫く行くと、千鳥が淵戦没者墓苑があります。毎年8月15日午前7時から、キリスト者の平和祈祷会が行われています。

今年は、星出卓也牧師(日本長老教会西部柳沢キリスト教会)が、マタイ福音書17章14~21節を開き、「からし種ほどの信仰があったら」という題で、説教をされました。

‥弟子たちは、かつて癒すことができたのに、この時には癒すことができなかった。自分たちに与えられた力に依り頼み、与えてくださる方への信仰を失っていた。イエスは、「何と信仰のない、よこしまな時代なのか」と語り、その子どもを癒し、「からし種の信仰があれば、‥そのとおりになる」とおっしゃった。

星出牧師は、米国の公民権運動や日本の靖国訴訟が一人、少数の人から始まり広がった事例を紹介された後、最後に、21節の「この種のものは、祈りと断食によらなければ」ということに触れられた。私たちは何故祈るのか、断食をするのか。私たちの無力を知り、与える(成し遂げる)神に信頼をおくから、祈り、断食をし、行うことができるのである。ファイル 442-3.jpg 

いつものことながら、祈祷会の間、日蓮宗の方々が、慰霊の会の準備をしていました。この日、ここは、騒然としながらも平和を祈る場所であり、日本の現実の縮図のような場所だと、改めて感じました。

帰途、靖国神社に向かう多くの人と行き交いました。あなたはどう歩む? 「からし種の信仰があれば」との声に背中を押されるようにして、墓苑からの坂を降りてきました。


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