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「散らされる」 加藤久幸

前にも紹介したと思いますが、
私の好きな児童文学に、ル=グウィン作「帰還 ゲド戦記 最後の書」(岩波書店)があります。
 
青年期、このゲド戦記のシリーズ(1~3巻)に触れた時、青年・壮年の冒険(活躍)物語として興味深い印象をもちました。しかし、それ以上に、のめりこむことはありませんでした。それから約20年経って、この「最後の書」が出た時に、ある衝撃が走りました。それは、主人公のゲドのそれまでの人生の様相を変える姿が描かれていたからです。もちろん、その出会いの時には、私も青年ではなく、ある年齢に達していたことが関連していたかもしれません。

この「最後の書」の本の帯には、次のような一文があります。「平和と秩序を回復するため全力を出し切ったゲドは、故郷のゴント島に帰る。心身ともに衰えた初老のゲドに、思いがけない女性との再会が待っていた」
 
これはファンタジ-ですが、今改めて、今の私に響く内容があるように想います。

話は飛びますが、今回の水害被害と復興を経て、やはり、「ノアの洪水物語」が、私の心に迫ってきます。そして、詳細は省きますが、ノアの洪水の物語の後に、バベルの塔の物語が続いていることに、今まで気づかなかった意味があるように感じています。荒削りの印象でいうと、「洪水」の後も、人間は、他の存在を顧みず、自分の活躍・挑戦物語を繰り返し行うのか、と。
 
私が、今までバベルの物語を読む時には、初老など、弱い存在は視野には入っていなかったのです。実際、バベルの世界では、強者だけが生き残るのかもしれません。
 
「散らされる」ことは、私たちは否定的に考えますが、聖書ではそうは考えていないように想います。他の存在との出会いがあり、共生の関わりとなる平らな世界を示しているのかもしれません。「全地に散らす」とは「全地への祝福」を、意味しているように思います。
 
初老の「ゲド」が、人の世界に散らされていく。
それは過酷な現実だなと思っていましたが、それは祝福の出来事なのでしょう。時が与えられるなら、改めて「最後の書」を味読したいものです。

沖縄の旅

ファイル 733-1.jpg先月に続き、新しい歩みを模索している、私の試みを紹介します。

先月は、2月の会津農民福音学校に参加した思いを、ほんわかと書きました。今回は、3月に出かけた、沖縄の旅についてです。

今回の沖縄の旅は、「沖縄で関東教区『日本基督教団罪責告白』を考える集い」に参加するためです。いつものことながら、今回の旅も、実質2日間の日程で、基地前で行われている座り込み等に4ヶ所参加、辺野古の立ち入り禁止区域への海上行動、そして、2回の協議会と、盛り沢山でした。私のいつもの通常の動きがそうであるように、この日程を無理やり確保したので、本当に「とんぼ返りの」2泊3日でした。

この1年、病気や水害を経験し、新しい歩みを始めようとする時には、先ず東北(福島)や沖縄に身をおいてからと、私は考えていました。もちろん、日本や教団の動向にも関心がありますが、それ以上に、次のような思いがあったからです。 

初めて沖縄に行った時、日本列島の国が、日本政府が、教団が、琉球・沖縄に何をしてきたのか、肌身で触れました。人の世の「分断」とともに、海は、「生きもの」は繋がっていることも、教えられました。若い頃、海で生きることを願っていた私にとっては、この知らせは大きな衝撃でした。

前回、私は、牧師としては「いのちに関わる神の宣教」への参与に基本線を置いてきたと、書きました。端的に言えば、食べるということも、自分とは違う「いのち」をいただくことです。このことに関心を寄せることは「農林漁業伝道」です。

思い返せば、-今まで訪ねた多くの農林漁村、基地や原発の立地地域、被災地-、旅の私(たち)は、人々の歩みを知り、その地の豊かな「いのち」をいただき、熱い人の情に触れました。

これらの道行きは、私にとっては、人間性回復の旅であり、いわば、巡礼の旅でもあったのです。

現場を離れ、違った風に吹かれました。その風は私たちの地にも吹くと、改めて感じた旅でした。

神の宣教への参与

私事ながら、2015年は、私にとって、実に様々な出来事がありました。

還暦を迎える年であったので、今後のことをゆっくり考えようと思っていた矢先の3月、緊急入院をしました。それまでは日常的に薬を飲むことのない生活でしたが、毎日薬を飲むようになり、その結果(?)欠かさず朝食をとるようにもなりました。改めて、我が身のこととして、体や健康についても考えるようになりました。

9月、関東・東北豪雨により、私も、水害の被害を受けました。「まさか自分に…」という考えはなく、自然災害の被害も自分では選べないということは判っていたつもりですが、いざ体験すると、いろいろ感ずることがあります。現実的な復興の事項もありますが、私たちをとりまく自然・環境について、改めて、考え始めました。

教会では、戦後70年ということもあり、平和の問題を共に深めました。紛争がない、戦争を起こさないという事態だけでなく、基本的人権や神の平和について様々な角度から意見を分かち合いました。
          *
私自身、牧師になってから、いのちに関わる神の宣教への参与に、基本線を置いてきました。いわゆる“農村伝道”という活動も、この神の宣教を目指していたと思います。

かつて赴任した教会では様々な具体的な活動を行い、神学校では“農村伝道論”を担当し、教区や教団そして地域でも“農林水産を覚え参与する活動”を大事にしてきました。さて、水海道では? 基本線は変わっていないと思うのですが、幼児保育に特化していた(きた)のでは? そんな風に自分史を振り返っています。

2015年を経て、復興も含め、今後どんなふうに歩んでいこうとするのか? そのために先ず、いのちに関わる神の宣教に、改めて、触れ味わいたい。その出会いから始めよう。

それが、2月の会津行きの私の願いでもありました。まだ「うめき」のような状態ですが、いつか伝えられる“ことば“にもなるでしょう。そのような願いを抱いて確かに歩み出す、2016年の春を迎えています。

自己統合への旅

ファイル 718-1.jpg9月の水害から4ヶ月が経ちました。遠くにいる友人から、「何か欲しいもの、必要なものはありますか?」と、聞かれることがある。「必要なものは満たされている。欲しいと云えば時間かな?」と、味も素っ気もない返事をしている、相変わらずの私がいます。

 一番の本業である牧師の仕事、とりわけ、日曜日の説教の準備のために、他の訳の聖書、辞書・聖書辞典、注解書があればと、ダンボール箱の山に立ってみる…。あの水害の時から、自分の身のまわりの物を自ら片付ける・確認することができないまま、過ごしています。
 
ダンボールの中身を整理すれば済むことではあるのですが、その時間があれば他の作業を…と、考えてしまいます。またそれらが無くとも…と、考えてしまいます。また、新たに入手する気にもなかなかなれないでいます。

そこで、説教準備のために、ただ聖書を読むという、基本に立つしかできないでいます。愛用の聖書もなくなっていますので、教会の聖書を借りて、みなさんと同じようなスタンスで、主の日の礼拝に向かいます。
 
それはそれで素晴らしいと受けとめていますが、黙想の時が十分とれず、独善的な感想になっているかなと、振り返ること多々あります…。

4ヶ月が経ち、各々の復興の状況、また、生活の変化など、様々見たり聞いたりして、まだまだ落ち着かないなあと、感じています。その感覚と呼応しているのか知れませんが、あの時以来、自分には、ある種の浮遊感・漂流感があるように、感じています。

いつか落ち着くだろうという思いと同時に、この漂流感が日常になっていくのかなという思いもあります。また、広い意味でのフラッシュバックの体験について、考える機会も増えました。

遅い初雪に見舞われ、懐かしい東北の冬を思い出しました。そして、昔も今も(晴天の関東の冬のもと)、主の日の礼拝に向かい、自分(再)発見、自己統合の旅を、私(たち)は歩んでいる…。
そんな印象を持った、今年の初雪の日でした。

出会った人々の「声」に       加藤久幸   

ファイル 699-1.jpgどんな姿であれ、その人と会うこと・再会することができるならば、私たちはどんなにか「安心」できるだろうか。

かつての教え子・後輩から、何度か連絡があった。「この忙しい時に…」とは思うのではあるが、その人曰く「ごめんなさい。ただ、声が聞きたかったのです」、と。本当に、そうだなあ~と、思います。

今回の水害被害を受けて、多くの方々から、慰め・励ましの言葉、お見舞いをいただいています。関東教区事務所、茨城YMCAにも、同様に、多くの支援が届いているらしい。

教会&学園に直接きたもの以外は、まだ実際には触れてはいない。しかし、その対応をしてくださっている方々の感想を総合すると、どうも、私が歩んできた人生で出会った方々や一緒に活動した方々が多数含まれているらしい。自分がどう歩んできたか、その時にどんな言動をしていたのか、どういう姿であったのかを想うと、冷や汗ものである。

牧師になったころ、妻は「日曜日には必ず帰ってくるから安心している」と、話していた。その頃の牧師仲間が、冷やかし気味に、「加藤の子どもは、父親に向かって、また来てねと、言うんだよ」と、吹聴していたことも思い出す。私自身は、かなり大げさだし、誇張されていると、当時も思っていたのだが…。しかし、あながち、嘘とも言い難い。「その時にその場でできることに生いっぱい」と言えば聞こえはよいが、全くの仕事人間であったことは間違いない。

今春病気をしたこともあり、隠退したら自分のために時間をとりたいと、ふと思うこともあった。しかし、牧師になりたいと思った時の言葉が、どこからともなく聞こえてくる…。ルカによる福音書22章31~32節。この先は神のみぞ知るか!?

先のことはさておくとしても、遠く離れた方々に不義理をしてきたことは、事実である。頼りもせず、クリスマスカードも年賀状も通り一遍になりがち、しかも、妻任せなので、何度か「肉筆を見たい」と云われたこともある。

今回は、寄せられた「声」に対して、誠実に応えたいと思うのだが、さて、どうなることやら?「肉声」「肉筆」となるなら幸いと願うのだが…。

心の「ゆとり」に思いを馳せ 加藤久幸

ファイル 691-1.jpg夏から秋、秋から冬、季節の移り変わりの時、自然の恵みの中にゆったり身を浸すことができれば、どんなに幸せだろうと想うことがある。 
そのような時間的・物理的な「ゆとり」と共に、もう一つの心の「ゆとり」に思いを馳せる。

ここ暫く、その場でというか、瞬時に判断せざるをえない事態が続いている。前にも書いたことがあるかも知れないが、車の運転する方はわかると想うが、車はハンドルをきってもすぐには曲がらないし、ブレーキを踏んでもすぐにはストップしない。人の操作にすぐに対応しない「遊び」「ゆとり」という間(ま)を、車は性能として持っている。間違いやすい人間の操作に車がすぐさま反応したら、頻繁に左右に揺れ動き、ガクガク運転となり、スムーズな走行にはならないだろう。

ここ暫くの即時判断・即時実行のために、私の動きとして、言わば、左右蛇行、ガクガクの言動が多いのでないかと、考えせられる場面が多々ある。まあ、化けの皮が剥がされるような状態か…。本人も、時間が無いとは云え、ここまで「せっかち」だったのかと、驚いている。たまったものではないのは、近くにいる人だろう。コミュニケーション、人間関係の、トラブルも案じられる…。 

そういう中で、心の「ゆとり」を考えさえられる。私は、「即時判断」「即時実行」が嫌いなわけではない。しかし、その時に、「ゆとり」「遊び」があれば、その判断・実行も異なってくるだろう、ということだ。

前にも語ったと想うが、瞬時の決断であったとしても、長い振り返りと見通し(歴史認識)、広い視野(世界認識)があるならば、情勢も変わってくるだろう。共に生きる人々との関係も異なってくるだろう。そういう意味で言えば、心の「ゆとり」は感情の問題ではないのだろう。

秋の深まりに親しむ時間的・物理的余裕、いろいろな意味で認識を深める「ゆとり」を、今は持ちたいと願っている。教会と学園の関係者、私たちを覚えてくださっている方々の上に、主イエスの祝福と導きが親しくありますように。 平安。

「平和」の祈り

ファイル 675-1.jpg今回は、8月15日朝に起きてから、この原稿に向かおうと、考えていた。
 
陣内厚生牧師の運転により、輝勢子牧師と共に、
3人で、千鳥ヶ淵の8・15平和祈とう会に参加した。一緒に、平和を願って歩んできた恩師・友人とも再会し、祈りの輪に加わった。
 
静かな朝である。帰宅後、今日は、めずらしく、朝にゆっくり新聞を広げた。興味深く感じた記事の一つを紹介する。

外交史家、清沢洌(きよさわきよし)が戦時下に記した「暗黒日記」の終戦の年の元日にこうある。

「日本国民は今初めて『戦争』を経験している」。そして戦争が美化され、国際常識が無視されてきた背景を指摘する。「日本で最大の不自由は、国際問題において、対手(あいて)の立場を説明できない一事だ。日本には自分の立場しかない」。利害や価値観を異にする相手の立場から物を見て考えてみる。日本人に決定的に欠けていたのは、そのような心の姿勢だったというのだ。「日本が、どうぞして健全に進歩するように――それが願望される。この国に生まれ、この国に死に、子々孫々もまた同じ運命を辿るのだ。……明智(めいち)のみがこの国を救うものであることをこの国民が覚るように」。清沢は敗戦を見ずに、この年5月に病死した。  -毎日新聞「余録」より―

 余録子は、首相の談話に触れ、こう結んでいる。
「内外の戦没者の魂の平安を祈る戦後70年の夏、首相に求めたいのは戦後日本が育てた国際的共感や友情を損なわぬ明智である」。
 
このことは、国際問題に限ったことではないだろう。教会キャンプの座談会に参加していて、普段の生活においても「自分の立場しかない」ことが広がっていくとすれば、それは危険なことだと、感じさせられている。これからを生きる世代の方々に、「共感や友情を育む」ことの大切さを、伝えたいものである。

 明日は、教会の「召天者(永眠者)記念礼拝」である。天にある者、地にある者、「平和」の祈りを共に捧げる時としたいものである。

子ども園と国のあり方        加藤久幸

ファイル 665-1.jpg個人の立場から、子ども子育て支援新制度について、自由な立場で、コメントしておきたい。昨夏、「交わり」のこの欄に、こういうふうに書きました。「新制度は、少子高齢化の社会の中で、出生率増加・労働力確保・税収増加という政策とも密接に繋がっています…。」(「交わり」№983)。
 
今回の新制度は、家庭に対して、子どもに対して、等しく、支援しているのではありません。子どもの多い家庭に対して、働く家庭に対して、納税に対応して、支援が提供されます。子育て中の家庭が利用できる支援を提供する事業者(認定こども園など)にも、基礎自治体(市町村)・県・国が支援します。

新しい制度についての、実施後の感想、今後の課題などは、別の機会に、仕事としてコメントしようと思います。

今回、「自由な立場で」といったのは、この新制度を考える時に、ふと、私の中で憲法のことがよぎります。そのことについて、少し触れておこうと思ったのです。

昔、中学時代に習った憲法の「3大権利」「3大義務」を思い出すのです。今回確認したら、3大権利という言い方はあまりされないようですが、3大権利は、生存権、教育を受ける権利、参政権です。かたや、3大義務は、子どもに普通教育を受けさせる義務、勤労の義務、納税の義務です。

間違っているかもしれませんが、昨今は、生存、教育を受ける、政治に参加、これらの権利の民の意識が弱いと思います。反対に、教育を受けさせる義務、納税、勤労の義務を説く国の意志は強いと感じます。

この時期、今一度、日本国憲法に照らして、今の国の
動きを、自分なりに受け止めてみてはいかがでしょうか。

現行の憲法は、国民主権、平和主義、基本的人権の尊重を、原則としています。家族の在り方も変化してきていますが、人権尊重の観点から、今の新制度の政策を考えてみるのも大事かと思います。

…そんなことはないと思っていますが、産めよ、増やせよ、勤勉・勤労、納税の後に、かつてのような国防の義務が付け加わりませんように。2015年、私たちの国はそのような危険性を身に帯びたのだと、自覚したいものです。

二葉こども園が目指すもの      加藤久幸牧師

ファイル 659-1.jpg二葉こども園が、仮設園舎に引越して2週間が過ぎました。6月20日(土)、例年のように、保育参観を行いました。保護者の方にあっては、ご心配のこともあるかと思い、現在のそのままの様子を参観していただきました。お天気にも恵まれ、たくさんの保護者(父親を含む)、ご家族が参加してくださいました。

この日は、例年、前座として、園長が、保護者向けにお話しをしています。今年は、「生命を伝える保育」と題して、お話をいたしました。

1840年、フレーベルが、キンダーガーテン、幼稚園を作りました。やがて、日本にも伝わり、ほぼ100年後、二葉幼稚園が作られました。現在、認定こども園法ができ、二葉も「こども園」になりました。そういうわけで、幼稚園、こども園とはどういうものであったのか、また、二葉は今後どういう園を目指したいのかについて、短くお話をしました。

フレーベルは、「まず、やってみて、それから考え、また、やってみる」、身近な自然・事物・人々と触れ、生きることを学ぶこと、身につけること、遊びは創造性を育むことを、示しました。

実際、そのことをイメージするために、「今日、園の庭に分け入って行ったら、どういうふうになるか?」と、問いかけて見ました。すぐさま、反応がありました。子どもの柔らかな皮膚が傷ついたり、蚊に刺されたり、もしかしたら、小さな虫たちの楽しい出会いがあるかもしれません。子どもたちは、新たな挑戦をしたいので、どんどん先へ進んでゆくかもしれません…。こういう体験を通して学んだこと、学び始めたことは忘れることはありません。


フレーベルは、子どもたちの自由と自主性、子どもたちが主体となって遊ぶことを、尊重しました。先に教え込むでもなく、放任でもなく、一緒に活動し、学んでいく。3歳児、5歳児があるように、35歳なら35歳児として遊びに興ずる。共に創造性を育む――こどもも大人も生きる力を身につけることができるような、こども園があればよいと、私の願いも付け加えました。最後に、1枚の園庭の写真を示して、幼子の幸せな日々を願う思いで、お話をしめくくりました。

子どもの国を求めて     加藤久幸牧師

ファイル 648-1.jpg今回、原稿を書くのに、苦労するだろうなあ、と予感した。何を書こうかという、イメージが全然湧いてこなかったからだ・・。

 今回は、二葉こども園の子どもと教職員の姿を思い浮かべた。「キリスト教保育」を参照すると、5月号には、次のようにある。
「新緑の鮮やかさに心が躍ります。子どもたちが『おもしろい!』と感じている時の、あの屈託のない顔や生き生きとした姿を思い起こしてください。何ものにも代え難い愛しい気持ちにさせられませんか。その顔や姿を思い浮かべながら、子どもの育ちにかかわる“おもしろさ”を膨らませつつ、保育に勤しみましょう。」

5・6月の「キリスト教保育」の月主題は、0・1・2歳児が「わくわくする」、3・4・5歳が「おもしろい」である。
そう、何よりも、自らが「おもしろい」と思うことに目を向ける、心を向けることによって、体が動き始めていくのだろう。

同じく、「キリスト教保育」5月号に、こういう文章もあります・
「空の鳥、野の草に目を留めながらイエスさまは教えてくださいました。『まず神の国と、神の義を求めなさい』と。それは、天地を創造された神さまのご支配と関係の中にいつも自分をおく、関わり続ける、ことです。」

神さまは、イエスさまは、しなければ‥というより義務ではなく、望んで、「わくわくしながら」自らの業を続けられたのであろう。

私たちの学園の改築事業も様々なことがあるでしょうが、こどもたちの姿を目に留めながら、先ず、こどもの国を求めなさいという思いで、関わり続けていきたいものです。
その「おもしろい」の中に、私たちの力の源泉があるのだと想います。


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