http://mitsukaidou.com
日本キリスト教団 水海道教会 サイトマップページへ プライバシーポリシーページへ
トップ 教会の紹介 牧師の挨拶 教会学校 キャンプ リ ン ク メール
教会からのお知らせ
最近のトピックス
教会学校ニュース
グループのニュース
牧師の部屋
副牧師の日誌
教会員のエッセイ
キャンプニュース
地区教区ニュース
今週のお花

記事一覧

稲石正夫さんと短歌         H.M

ファイル 882-1.jpg稲石さんは短歌を嗜み、地域の「水海道短歌会」に所属していました。欠かさず月例会に参加し、会の皆さんの心遣いに囲まれて、楽しく過ごしていたということです。M会長さんによると、「教会を詠った歌が多く、稲石さんにとって教会が大切な居場所だったことが分かります」とのことでした。

以下に会長さんのご了解を頂いて近詠をご紹介いたしますので稲石さんを偲ぶ一助としていただければ幸いに存じます。気になる個所はありますが原文のまま掲載いたします。ご本人の言わんとするところをお汲みとり下さいますようお願いいたします。

○若き日のよみがえりくる想い出はエレミヤ書読む午後のひととき(6月)

○礼拝後きつねうどんの昼食会議の居場所にもなるいすならぶ(6月)

○エレベーター一人で乗るのはもったいないわれは一人で階段のぼる(4月)

○わからなくなりつつ友同じ年お茶を楽しむただよりそいて(4月)

○少しずつ自分を神に明け渡しゆけば脈拍ゆるやかになる(3月)     

○つかれたるわが心を押し開き礼拝説教今し始まる(3月)

○教会の大そうじ終えたりてほっとひといきカフェオレを飲む(2月)

○礼拝後皆で味わうお雑煮の今年も一年健康を祈る(2月)

追悼 稲石正夫さん

稲石正夫さんは、1952(昭和27年)2月1日、水海道栄町に誕生。二葉幼稚園卒で、小学生時代に栄町福音キリスト教会に通い、1986年(昭和61年)岩井キリスト教会において受洗。
 
稲石さんはこの頃のことをほとんど語りませんでした。人生の様々な馳せ場があったと想像しますが、彼の信仰が彼の歩みを導いたと思います。2003年(平成15年)水海道独立教会に、2010年(平成22年)5月水海道教会に転入し、現在に至りました。
 
最近は、生活保護を受け、人工透析を受ける、必ずしも楽な日々ではありませんでした。毎週、教会に参加し、聖書の学びが楽しみでした。礼拝堂の一番前に座る姿が印象的でした。旅が好きで、自然と人に交わり、短歌も好きでした(別稿参照)。
 
体が大きく、どちらかというと厳(いかめ)しく感じたのですが、交わると、どんな人にも笑顔を絶やさず、いつも優しい人柄でした。自発的に教会の奉仕をしてくださり、私個人としては「良き清掃仲間」でした。
 
人の人生については、私たちは全てを知ることはできません。8月20日(日)主日、教会で交わり、私は「26日(土)掃除の時に会いましょう」と挨拶を交わしました。翌21日(月)午前10時、彼の死が確認されました。夜を過ごし、未明に、天に、神のもとに、旅立っていかれたのでしょうか。
 
教会[員]は、驚き、心騒ぎました。最後の挨拶・約束が、復活の主によって実現することを信じて、私たちは、祈り、歩みましょう。
 
稲石正夫さん、ありがとうございました。そして、また、御国で、お会いましょう。主の平和。

8月誕生日祝福

8月6日(日)、8月生まれの方の誕生日祝福が行われました。加藤輝勢子先生が祝福を受けました。加藤久幸牧師の質問:「今、はまっていることは何ですか?」答:「新聞に載っているクロスワードや間違い探し等のパズルです。お掃除などは後回しにして先にやります。」

7月誕生日祝福

7月生まれのK.Sさん、A.Tさん、加藤久幸牧師の3人が輝勢子牧師の祝福を受け誕生日カードが贈られました。質問は「健康の秘訣は?」

K.Sさん「生活のリズムを崩さないように心がけています。朝は定刻に起きて、太陽の光を充分に浴びます。食事にも気をつけています。散歩もと思うのですが、なかなか果たせません」

A.Tさん「自由気まま、のんきに過ごしています。好きな時に起きて好きな時に寝て、好きなものを食べます。具合が悪くなったら、隣のお医者さん・K.S先生のところに駆けこめばいいと思っています」

久幸先生「若い時は水と遊びました。今は睡眠を十分取って、健康的な生活になりました。気持ちよく過ごすようにしています。」

第1回 教会アワー K.K

7月9日礼拝後2017年度第一回教会アワーが行なわれました。それに先駆けて、軽食として皆でおにぎりを食べました。そこには取り立て野菜の漬物もありました。今年、教会学校では野菜つくりをしています。収穫された野菜に、軽く塩をしてお漬物にしました。キュウリ、ナス、ミニトマトがたった一つずつなのにみんなが満たされる漬物になりました。私は5千人の給食を思い出しました。
 
さて、今回は「信徒の友」7月号特集で「教会がうまくいかないとき」というテーマでした。発題者の主任牧師が二つの原稿を用いながらのお話でした。自分自身が自分のことを神様からの預かりものと受け止め直したとき、病気等で自分の身体を突き放して見た時に、かえって愛おしくなったと同時に教会もまた、そのように受け止められればということ。また、『豊かな教会生活を送りたい』というなかでは、教会内の人間関係につまずきそうになった時や教会の奉仕がなかなかできない等、具体的な話題もあり、話し合いでも具体的な話をされました。

・何もできないと考えるのではなく、自分が用いられていると考えるようにしている。
・私のようなものではなく、私のようなものでこそを神様が用いてくださると思う。 
・教会は楽しいところ、慰められるところ。キリストを信じている話し合いをすることが大切。
・礼拝を守り、御言葉に押し出されて歩む。
等々活発な話し合いが成されました。感謝。

子どもの日花の日  N.O

6月の第2日曜日が子どもの日・花の日です。今年は6月11日でした。お花を持ち寄り、礼拝をしてその後、お世話になっているところや入所なさっている方へ花束にして届けます。どうしてもお花のほうに目が行ってしまいますが、子どもの日でもあります。ですので水海道教会ではずっとCSの子どもたちと大人の方たちの合同礼拝をしています。礼拝の仕方も流れは大人の礼拝ですが讃美歌や交読文は「こどもさんびか」を使いました。ここの所CSの参加者も減ってしまいましたが、子どもと大人の大事な交流の場と考えています。
礼拝後、大人の人たちに花束を作ってもらっている間にCSではお花と一緒に渡すカードを書きました。少ない人数で何枚も書いてくれました。ありがとう。CSでは鈴木内科医院・大串歯科医院・市立図書館の三か所を車で回る予定でしたが、急きょ図書館は歩きにして2グループに別れました。花束というアイテムがあるせいか、どこでも和やかにお話をしながら受け取ってくれました。ほかにもお世話になっているところは数限りなくあるわけですが、それぞれに感謝するという気持ちを忘れないでいたいものですね。
大人の人たちは入所なさっている施設や教会墓地のほうへお花を届けてくれました。
帰ってきてからカレーライスをいただきました。これも作ってくれた方々に感謝です。ごちそうさまでした。

感謝のご招待 賀川記念館の皆さま

本所賀川記念館の皆さまは、一昨年の水害からの復興のためにボランティアとして活動してくださいました。「復興なった水海道教会を是非見てもらいたい」と最後の復興事業‐牧師館完成‐を待って輝勢子先生がご招待されました。日頃輝勢子先生と一緒に働いている若者を中心に大勢がお出でになりました。水海道教会からは久幸先生、輝勢子先生、大久保・溝手・松本の5人が参加しました。 アルコールも加わって賑やかな楽しいバーベキューパーティとなりました。

母の日礼拝

5月14日(日)の礼拝は「母の日礼拝」として捧げられました。
母が健在の人もすでに天に召された人もいますが、母なくしては、私たちにこの世の生が無いことを心に深く想い礼拝を捧げました。CSが用意してくれたカーネーションを1輪づつ頂いて帰りました。

4月誕生日祝福

4月生まれのKさんが祝福を受けました。おめでとうございます。ファイル 850-1.jpg

有松八郎牧師 召天50周年

ファイル 849-1.jpg岡山市生まれの有松八郎牧師は1940年に当時橋本町に会堂があった水海道教会へ赴任されました。前任地は金沢市のメソジスト野町教会(現:日本基督教団桜木教会)。太平洋戦争下にあり、信徒と共に大変なご苦労をされました。例をあげれば、会堂は軍事工場として徴用され、聖日礼拝は宝町の江戸屋薬局(現存)を借りて捧げられました。こそこそと細い路地を通り、薬局の裏手から屋内に入り小さな声で賛美歌を歌ったということです。戦後すぐ「幼稚園」を創設し地域へ奉仕されました。晩年は目を患い不自由な中1967年4月、その年の幼稚園入園式前日に召天されました。その後教会と幼稚園は現地へ移り、幼稚園は宗教法人付属となり、学校法人となり、現在は運営形態を「子ども園」として地域への奉仕を続けています。


△ページトップへ

スーパーコピー時計 ロレックススーパーコピーN級品偽物
ウブロ時計コピー オメガコピー
シャネル偽物 パテックフィリップスーパーコピー
ヴェトモン コピー ハリーウィンストンスーパーコピー