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「夜は近きにあり」 加藤久幸牧師

 レントの日々、園児のA君(3歳児・黄組)が、3月9日(金)急逝しました。2月8日(水)に緊急入院し、拡張性心筋症であると診断されました。この間、先生方は、兄弟の2人(白組・もも組)の登園を受けとめ、A君の回復とご家族の歩みを、祈ってきました。
3月14日(水)家族葬が営まれ、16日(金)訃報を園児に話し、各ご家庭に手紙を出しました。
私自身も、その渦中にあり、心乱れることがあります。そういう状況もあり、この巻頭言を書き始めています。今回も、先月に引き続き、渡辺和子「目に見えないけれど大切なもの」(PHP文庫)から、以下に、引用したいと思います。引用というより孫引きみたいな感じですが…。

1953年から1961年までの間、国連にあって、数多くの国際問題にその手腕を発揮し、名事務総長とうたわれたダグ・ハマーショルドは、スウェーデンの代表的知識人、すぐれた政治家、有能な外交官であったと同時に、深い瞑想の人でもあった。「夜は近きにあり。」という句は、彼の死後発表された日記の中に、何度となく繰り返されている句である。…多分「死の訪れ」を指していたのであろう。そして残念ながらその予感は当たって、彼はコンゴに赴く途中、飛行機事故で56歳にして不慮の死をとげたのであった。
…ニューヨークにある国連本部内の一室が、瞑想室に当てられたのは、彼の発議によるものであった。…忙しさに追われて、仕事を片付けること、doingに心を奪われ、自分の心のたたずまい、being見つめることを忘れがちな私たちに、ハマーショルドは、「行動に先立つ心」の大切さを示した人であった。この「心の静けさ」こそは、私たちが日々の生活の中での問題を理解し、行動を起こすに当たって、結果を「かちとる」ために必要な心のありようなのだ。「夜は近きにあり」という認識もまた、彼の生活を正すものであった。…かくて彼は、捕われない心の持ち主でもあったのだ。
  自由であること、立ちあがって、いっ
さいをあとにして去れること――しか
も、ただの一目もふりかえらずに。「よし」
と言えること。     (1953年)
「いっさいをあとにして立ちされること」に
ついて、彼は、こうも書いている。
  いつでも立ち去る用意のできていない
部屋では、埃が厚くたまり、空気はよ
どみ、光はかげる。   (1950年)
 これは必ずしも、物質的な部屋の状態のを指していったのではなく、いつ訪れるとも知れない「夜」を迎える準備ができていない「心」の状態を指したものでもあろう。
 …ハマーショルドが残してくれた日記は…平凡な生活を営む私たちが日々の生活の中で忘れているものがあることに気づかせてくれる…。
 その“忘れもの”とは、一人の例外もなく、それぞれに「夜」は近づいているということであり、その「夜」をふさわしく迎えるために、与えられている「昼間」を“慎み深く”過ごすということである。  (鵜飼信成訳「道しるべ」を参考)

 引用が長くなりました。イエスは瞑想・祈りの人であったと想います。ハマーショルドはどの宗派にも属さなかったと言われているらしいが、最後になった旅にたずさえていたものに、トマス・ア・ケンピスの「キリストに倣いて」があった…。 
今年のレント、「夜」があることを覚え「昼間」を“慎み深く”過ごすことを、思わされています。


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