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この年この時のクリスマス 牧師 加藤久幸

2017年の水海道教会のアドヴェント・クリスマスは、11月24日(日)のイルミネーションの点灯式に始まり、教会では一番早い婦人会クリスマス祝会が12月10日(日)に行われました。

この時期、「牧師は毎年似たような聖書箇所で同じような話をして、さぞ大変だろうな」と思われる方がおられるかもしれません。しかし「歌は世につれ、人につれ」であるように、クリスマスも毎年・来る年ごとに不思議な発見・出会いがあり、「新しさ」を感じています。教会の皆さまも、「この年この時のクリスマス」という一回性があるのではないでしょうか。

今回の巻頭言は、二葉こども園のクリスマス祝会を踏まえて、原稿を書きたいと思います。

二葉こども園のクリスマス祝会は、先週12月15日(金)に行われました。例年この時期はさすがに忙しく、今まで「交わり」に園の様子・原稿を書く余裕はかったように思います(大体は1月号に写真のみ掲載しています。今回の写真は、私が確認用に撮ったため見づらいかと思います。)
 
私は、クリスマスのメッセージは世相を映す「鏡」であると思います。私の場合を振り返ってみると、聖書に忠実に読んでいるつもりでも、その時々の世相が映し出されてくるように思います。
 
一例を挙げますと、イエスの誕生とその家族の歩みを(天変地異による)難民として受けとめたこともあれば、また、時の権力の暴虐のもとに生きる人間の歩みとして読むことも、ありました。

こどもと高齢者、女性と男性、民族と国籍など、各々の視点から、また他の様々な立場から、クリスマスを受けとめる、多様性もあるでしょう。
 
そのような中で、関連施設のある教会は、幼子と共に祝う幸いがあることを、覚えます。園の祝会は「お遊戯会」とならざるを得ませんので、小さい子どもたちは自分の出番が終わるとほっとします。家族のもとに帰り、おしゃべりをしたり、自由に動きます。そういう喧噪の中で「聖劇」が演じられます。クリスマスは「イエスさまのお誕生日」と子どもにもわかるメッセージが中心となりますが、聖劇では聖書の引用があり預言が語られます。
 
毎年の聖劇を見ながら、私はいつも新たな「福音」というか、クリスマスの真実を感じます。喧噪の中でイエスの誕生が告げられる、隣人が(神も)心に入らない世界で神の出来事が進んでいく…。「劇」でありながら、現実を映しているのか?
 
私は、今年の祝会で、こういうお話をしました。イエスも含め、私たちは生まれた時から死ぬまで不思議な力に導かれ守られています。それをキリスト教では「神は我々と共におられる」(マタイ1・23)と言うのでしょう。「我々」というのは、自分と同じように隣人も不思議な力に守られること…。自分だけでなく「ともに」「全ての民が」を信じるところに不思議な力が現れ、導いてくださる…。

 
クリスマスは、つくづく、人間の物語であり、神の出来事であると思います。聖劇は毎年同じ繰り返し(再演)ですが、その物語に触れる喜びを通して、園児も保護者も人間への「福音」に触れることがあるように思います。

先に、クリスマスは世相を映しているといいましたが、現実の世相は真実の「光」に照らされて初めて見ることができるのでしょう。クリスマスが成った事に感謝。神に栄光、地に平和を祈ります。


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