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混沌を生きる                 加藤久幸牧師


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最近の日本列島に起こる自然現象に触れて、「今までとは違う」と感ずるのは、歳を重ねてきたせいか。

――かつて日本にも高度経済成長があったことを知らない世代にとっては、「景気をよくする」と繰り返される大合唱が、若い世代にはどのように響いているのだろうか。恐らく、自然現象についても、今の現実が当たり前と感じているのだろうか。

人間の社会のみならず、自然の現象に関心を寄せてきた者にとっては、私たちを取り巻く現在のこうこのあたりの感覚は、共有できるのではないだろうか。
そのあたりのことをもっと広く捉えると、今は「混沌としている」ということになるのだろうか。

では、混沌を生きることは、何も生み出さないのだろうか。

バタフライ効果は、気象学者のエドワード・ローレンツの講演(「ブラジルの1匹の蝶の羽ばたきはテキサスで竜巻を引き起こすか?」)に由来すると考えられている。結論めいたことを云うと、人間には確定できないが、混沌は新しい発見を生み出してきた。そして、新しい生き方も…。
話は飛ぶようであるが、「ハチドリのひとしずく」(光文社)という在り方に、共感が広がっている。

私たちが、日本列島の内外で経験してきたことは、環境の「荒々しさ」と、その中を生きる生き者の「優しさ」とでもいうべき在り方でしょうか。

「優しい」というのは、「身がやせ細るような思いである。ひけめを感じる。」(デジタル大辞泉)という意味があるそうである。古(いにしえ)には、このような意味も実感していたらしい…。

とすれば、私たちは、混沌のように思える環境(自分の外と内も)を生きることは、世界の発見と共に、歴史の発見に通じているように思われる。 

8月、人間の歩みにより、失われた者を記念する時でありたい
――過ちを繰り返さないために。


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