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一人ひとりを 加藤久幸牧師

ファイル 862-1.jpg「交わり」の編集・印刷は、いつもぎりぎりで作業が成されています。とりわけ、私がもたもたしているので、編集後記が先にできてしまう?こともあります。今回は、編集後記に触発されて、「牧師室の窓」を書きます。

 阪神淡路大震災後、兵庫を訪ねた時、震災で亡くなった方の一人一人の死を記録しているという活動をしている人に出会った。その時、「6,434人が亡くなったというのではなく、一人一人の死が6,434回(6,434人)あった」というお話を聞きました。全体で〇人という数に関心あることと、一人一人を覚えて〇人という取り組みは、同じように見えるが、その取り組みは違うと思います。(当時、一人の死を聞き取ることはその人の人生を聞き取ること、と聴いた記憶もあります。)

今回の紙折り等の作業でも、「千、万、十万…折ったとしても、受け取る人にとっては一枚(一部)なのだ」という合言葉で、取り組みました。
そういう取り組みを経て、編集者も「編集後記」のように感じたのかと、共感しました。

この1年10カ月、私(たち)は「一人ひとりを大切にする」という取り組みを学ばされてきたと、思います。その歩みは、大変なように思えますが、とても大切なことだ、と。また、その場に居合わせる人は小さく弱いように思えても、その場を生きる人に臨む力(祝福)は大きく強い、と。

この間、いろんな場面で、また「報告書」でも、私(たち)が学んだことを、伝えてきました。その中で十分に表現できない出来事として、「交わりの中の一人」という課題があります。

上記に述べた「その場を生きる人に臨む力(祝福)」を感じることができない、見い出せない時…。  
復興感謝礼拝の招きの言葉(詩篇127編1編)は、「家を建てる」「町を守る」取り組みにおいて、仲間や協力者を見い出せず、自らも「むなしい」と感ずる、その一人に神が(一人)熱情的に臨む、という、そういう事態を示しているのではないか。

神理解においても様々学んだ時でもあった。感謝。


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