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「沈黙(Silence)」 

これから巨匠マーティン・スコッセシが監督した映画「沈黙」について述べる。原作は遠藤周作の同名の小説である。

私の読書の特徴は、何らかの学問の専門書を読むのが中心で、文学はほとんど読まない。その中で、遠藤周作は唯一私の好きな作家である。「侍」が一番好きな作品であり「沈黙」はのちに述べる遠藤周作の思想の端緒になる作品と考えていた。しかし、この文章を書くため、色々調べたのだが、「沈黙」は世界中で20ヶ国の言語に翻訳されているとのことだ。改めてこの作品の大きさと遠藤周作の作家としての素晴らしさを感じた。

マーティン・スコセッシは世界でもトップクラスの映画監督である。かなり古い映画であるが、「タクシードライバー」はフランスのカンヌ映画祭でパルムドール賞(最高賞)を受賞している。アカデミー賞は娯楽性という要素もあるが、カンヌ映画祭は文芸性が中心である。

「ティーパッド」という映画ではアカデミー監督賞を受賞している。スコセッシ監督の宗教(キリスト教)に対する考え方であるが、彼自身の言葉によれば、人生のかなりの部分を宗教への思いや習わしにとらわれてきており、信仰について考えることなどやめてしまおうと思うことも何度かあったが、そのたびに宗教的な物語や観念に戻ってしまうとのことである。

スコセッシ監督が「沈黙」を始めて読んだのは1988年で、これは自分が映画化しなければと思ったそうである。1991年に遠藤周作に映画化の許可をもらった。しかし法的トラブルもあり、制作は難航した。2016年の12月にアメリカで公開された。日本での公開とほぼ同時期である。

この文章が「交わり」にのるときにはイオンタウンでのロードショーは終了していると思う。しかし、「沈黙」を読んだことのない人もいると思うので、興味を持ってもらうために、ごく簡単にストーリーを紹介しておく。

時代は17世紀の江戸時代の初期、徳川幕府による激しい切支丹弾圧が行われている時代である。ローマ教会に、高名なクリストヴァン・フェレイラ教父が棄教したとの報告がもたらされた。ローマとポルトガルで若い司祭達が日本に渡航しようとした。教会当局は最初、これを許可しなかったが、様々な理由から許可を与えた。ポルトガルの司祭の1人セバスチャン・ロドリゴがこの物語の主人公である。渡航したロドリゴは隠れ切支丹達に歓迎された。しかし、臆病な信徒であるキチジローの裏切りで、役人たちにとらわれてしまう。巧みな井上筑後守の術策で棄教したフェレイラ教父にも会う。フェレイラと同じ状態に置かれて、ロドリゴはどういう決断をするのか。

様々な科学が発達した近現代において、聖書の研究も逐語霊感説のように聖書を無謬であるとするわけにはいかなくなった。様々な批判的研究が行われるようになった。しかし、そうなると、キリスト教の信仰はどうなるのか遠藤周作は悩んだ。

彼の悩みはイエスを「永遠の同伴者」ととらえることで解決した。いついかなる時も私達とともに人生の道を歩み、苦しみや嘆きを分かち合ってくれるのがイエスであるという思想である。最初の方で、遠藤周作の思想の端緒と書いたのはこの「永遠の同伴者」という思想の端緒という意味である。

私もその「永遠の同伴者」という思想に同意できる。それを間違いであるという人もいると思う。そしてそれでいいのだと思う。信仰というものは、人生を通じて、いつも同じ状態であるわけではなく、信仰者同士の対話や様々なものを通じて、発展していくものだからである。


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