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出会った人々の「声」に       加藤久幸   

ファイル 699-1.jpgどんな姿であれ、その人と会うこと・再会することができるならば、私たちはどんなにか「安心」できるだろうか。

かつての教え子・後輩から、何度か連絡があった。「この忙しい時に…」とは思うのではあるが、その人曰く「ごめんなさい。ただ、声が聞きたかったのです」、と。本当に、そうだなあ~と、思います。

今回の水害被害を受けて、多くの方々から、慰め・励ましの言葉、お見舞いをいただいています。関東教区事務所、茨城YMCAにも、同様に、多くの支援が届いているらしい。

教会&学園に直接きたもの以外は、まだ実際には触れてはいない。しかし、その対応をしてくださっている方々の感想を総合すると、どうも、私が歩んできた人生で出会った方々や一緒に活動した方々が多数含まれているらしい。自分がどう歩んできたか、その時にどんな言動をしていたのか、どういう姿であったのかを想うと、冷や汗ものである。

牧師になったころ、妻は「日曜日には必ず帰ってくるから安心している」と、話していた。その頃の牧師仲間が、冷やかし気味に、「加藤の子どもは、父親に向かって、また来てねと、言うんだよ」と、吹聴していたことも思い出す。私自身は、かなり大げさだし、誇張されていると、当時も思っていたのだが…。しかし、あながち、嘘とも言い難い。「その時にその場でできることに生いっぱい」と言えば聞こえはよいが、全くの仕事人間であったことは間違いない。

今春病気をしたこともあり、隠退したら自分のために時間をとりたいと、ふと思うこともあった。しかし、牧師になりたいと思った時の言葉が、どこからともなく聞こえてくる…。ルカによる福音書22章31~32節。この先は神のみぞ知るか!?

先のことはさておくとしても、遠く離れた方々に不義理をしてきたことは、事実である。頼りもせず、クリスマスカードも年賀状も通り一遍になりがち、しかも、妻任せなので、何度か「肉筆を見たい」と云われたこともある。

今回は、寄せられた「声」に対して、誠実に応えたいと思うのだが、さて、どうなることやら?「肉声」「肉筆」となるなら幸いと願うのだが…。


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