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「平和」の祈り

ファイル 675-1.jpg今回は、8月15日朝に起きてから、この原稿に向かおうと、考えていた。
 
陣内厚生牧師の運転により、輝勢子牧師と共に、
3人で、千鳥ヶ淵の8・15平和祈とう会に参加した。一緒に、平和を願って歩んできた恩師・友人とも再会し、祈りの輪に加わった。
 
静かな朝である。帰宅後、今日は、めずらしく、朝にゆっくり新聞を広げた。興味深く感じた記事の一つを紹介する。

外交史家、清沢洌(きよさわきよし)が戦時下に記した「暗黒日記」の終戦の年の元日にこうある。

「日本国民は今初めて『戦争』を経験している」。そして戦争が美化され、国際常識が無視されてきた背景を指摘する。「日本で最大の不自由は、国際問題において、対手(あいて)の立場を説明できない一事だ。日本には自分の立場しかない」。利害や価値観を異にする相手の立場から物を見て考えてみる。日本人に決定的に欠けていたのは、そのような心の姿勢だったというのだ。「日本が、どうぞして健全に進歩するように――それが願望される。この国に生まれ、この国に死に、子々孫々もまた同じ運命を辿るのだ。……明智(めいち)のみがこの国を救うものであることをこの国民が覚るように」。清沢は敗戦を見ずに、この年5月に病死した。  -毎日新聞「余録」より―

 余録子は、首相の談話に触れ、こう結んでいる。
「内外の戦没者の魂の平安を祈る戦後70年の夏、首相に求めたいのは戦後日本が育てた国際的共感や友情を損なわぬ明智である」。
 
このことは、国際問題に限ったことではないだろう。教会キャンプの座談会に参加していて、普段の生活においても「自分の立場しかない」ことが広がっていくとすれば、それは危険なことだと、感じさせられている。これからを生きる世代の方々に、「共感や友情を育む」ことの大切さを、伝えたいものである。

 明日は、教会の「召天者(永眠者)記念礼拝」である。天にある者、地にある者、「平和」の祈りを共に捧げる時としたいものである。


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