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年度初めさまざま

ファイル 929-1.jpg2018年度が始まりました。
4月1日:イースター。前日の31日より恒例のKKSのお泊り会をして、イースターの準備等をしました。田んぼの整地、教会墓地の掃除、愛餐会担当の青年会のお手伝いとたった一泊二日ですが、濃厚なプログラムをこなし、教会の枝であることをアピールしていました。
私はイースター当日は地域の桜まつりで子どもコーナー担当なので、教会をお休みしましたが、KKSのメンバーは今年も頼もしい限りでした。

2日:記念館の学童クラブの入会式、光の園の卒園生も多く、元気いっぱいでした。

6日:職場の隣りの小学校の入学式、雨は降りませんでしたが、風が強かったです。この小学校はグラウンドで入学式をします。1年生228名7クラスです。全校生徒は約1260名くらいになるそうです。

9日:隣の中学校の入学式に参加しました。

13日、午後から中野で賀川関係施設会議があり、
参加。コープ中野が経営しているグループホームと軽費老人施設を見学させていただきました。駅から10分くらいのところで、1・2階はCOOP生協の売り場でもあり、そこで買い物をして食事を自分で用意している方もいるようです。もちろん食事を頼むと提供してくださるとのこと。一人部屋は約20万、二人部屋は40万くらいかかるそうです。

15日:教会学校の遠足に行きました。いちご狩りです。30分食べ放題でしたが、20分でグロッキーでした。でも、お腹いっぱいイチゴを頬張ることができました。幸せいっぱいでした。帰ってきて、ホールでお弁当、そのあとは子どもたちの要望で「忍者」をテーマに遊びました。その後、CS教師会をしました。

 
4月に入り、新学期が始まったからか、電車がとても混み、いつもより少し早く出勤するようにしています。満員電車に揺られながら、2018年度も始まったのだなと思います。ランドセルの大きさが目立つ子どもたちや、新入社員もまだまだ緊張しているようですが、徐々に慣れていくことができるようにお祈りします。

児童館は野原や広場に    加藤輝勢子牧師


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ファイル 923-1.jpg3月に入り、目白押しにいろいろな会議が入ってきます。館主催のものもあれば、他施設のものもあり、何とか帳尻を合わせて参加しています。

館主催の会議で地域の方に自分が子どもの頃に遊んでいたことを交えて自己紹介してもらいました。集まって来ていた人たちは40代~80代の方で、田舎から出て来た人も多く、野原や広場で遊んでいたとのこと。いつもポケットにはナイフとビー玉、パチンコを持っていて遊んでいたという人もいました。その方は時々校長室に呼ばれたそうですが、それでも今は立派な指導者です。

話を伺っていて、今の子どもたちが50年くらい前にタイムスリップしたら生きていくことができるのだろうか、また、ダイナミックに遊ぶこと(ケガを含めての自分の責任やリスクを回避する能力)ができるのだろうかと思いました。

50年くらい前は地域の子どもに注がれる温かい目がたくさんあっただろうけれど、そしてどこでも遊び場になっていたけれど、今は公園ですら、ボールを禁止したり、ケガが起きるとすぐに危険遊具として取り除いてしまう傾向にあります。お話を伺っていて、改めて児童館が今を生きる子どもたちの野原や広場にならなくてはいけないと感じました。

三寒四温と時を迎えています。草木が芽吹いてくる時期でもあります。前にも書きましたが私は沈丁花が好きです。歩いていてその香りがすると、足を止めて、どこに沈丁花があるかを確認します。「こんなところに咲いていたのか」と独り言。この時期にしか咲かないけれど、その場で花を咲かせる歩みをしていたのだと思いました。

牧師館横の桜の木も蕾が日に日に大きくなり始めています。卒園式、入園式に満開の桜がマッチングするといいのですが…。一雨一雨暖かくなり、エネルギッシュとも言わんばかりに庭の雑草もあっという間に広がりを見せています。
 
草木が太陽の光と温かさと雨をいただくこの時期に卒園、卒業、入園、入学、進級を迎える子どもたち、そしてその傍らにいる私たちも多くのエネルギーとパワーをいただいている感じです。
年度末、年度初めもう一踏ん張りします。

「Sailing my  life」 加藤輝勢子

「一月行く、二月逃げる、三月去る」という言葉を聞きます。この時期の忙しい日々を語呂合わせで表現しているのだと思います。

特に2月は28日だけなので、お尻に火がついたように追いまくられている感じがあります。書類等が火の粉のように降りかかって来るので、振り払うようにみんなに押し付けながら日々を過ごしています。休みも休んでいられないから、出勤した方がいいなと思いながら、身体が正直で家から出たがらないので、家で仕事をしようと思っているのですが…。

家にいると優先順位が仕事は後回しになり、家事をしたり、のんびりしたりと、結局、陽が傾いてくると、気持ちが焦りはするが、夕食の準備にかかり、夕食を食べると一日が終わってしまいます。

「ああ、今日は出来なかった。明日、職場でしよう」と。こういう所の切り替えは早くできるのですが、こんなことなら、休みは休みとして、仕事のことを考えないで過ごしたらよかったのにとも思いますが、気が小さいのでそれも出来ず、そんな日々を過ごしながら、何とか帳尻を合わせている感じです。

「Sailing my  life」 with 藤澤ノリサマ 
 
Sailing  my  life 旅の途中
僕が生まれた理由(わけ)を教えて
深い海の底で 数えきれない鼓動が聞こえる
たった一つの奇跡 この命がある
ねぇ この先には何が待っているんだろう
終わりを恐れないで 

苦しいときこそ 信じることさ
青い水平線 あの向こうにも 海は続いている
ほんの小さな迷いにとらわれるには
この人生(じかん)は短すぎるから
Sailing  my  life 日は昇るよ
僕の描いた 夢へ漕ぎだそう

悲しみにくじけないで
いつか すべてが きっとわかるから
Sailing  my  life 旅の途中
僕の代わりは どこにもいないから
Sailing  my  life

ベートーベンのピアノソナタ「悲愴」第2楽章に平原綾香が歌詞をつけて歌っている曲に今、ハマっています。

ダンプカー4台の雪     加藤輝勢子牧師

窓についた雫が下がっていくときに他の雫が加わって、速度が速くなっていくように、歳が一つ一つ加わると雫のように重さが加わって時間が速く感じるのでしょうか。それともしなければいけないことのペースが落ちて、今までより時間がかかってしまい、結果速く感じるのでしょうか。2018年に入って20日余りが過ぎました。何はともあれ、年末年始も健康に支えられ、日々を過ごせていることに感謝です。

年末年始休暇を過ごし、1月8日に恒例の管理職研修を行いました。管理職として務め、記念館の今後のこと、そして建物のことなどを話し、課題が山積みだということをそれぞれが自覚しました。

冬休みが終わり、子どもたちの元気な声が響きます。朝晩は厳しい寒さですが、日中は穏やかな天気で外遊び日和が続きました。15日、16日と新潟の湯沢から、4トンダンプカー5台で雪が運ばれてきました。4台分で雪山をつくり、ソリすべりをします。後の1台は二つに分けて、小さい山にして子どもたちが雪で遊びます。主に乳幼児が雪にさわるためにきます。近隣の保育園の子どもたちも遊びに来ます。夜はコーヒーの瓶などにマジックで絵を書いたり、セロハンをつけて、瓶の中にロウソクを入れて、手づくりランタンにします。この日は風もなく、穏やかでした。

そして次の日には午前中遊んだあと、午後から2時間ほどで跡形もなくきれいにしました。さて雪はどこへ行ったかというと、近隣の保育園、幼稚園、そしてプラリバの館庭に運ばれ、余韻を楽しみました。そして次の日には、雨が降り、雪はなくなりました。

今年もいろいろありました   加藤輝勢子

2017年も後2週間余りで終わろうとしています。今年も色々あったように思います。

2015年に水害に遭い、牧師館を建てなおすため、2016年夏にアパートに移り、今年の5月に牧師館に戻って来ることができました。まだ、荷ほどきができていないものもありますが、落ち着いた生活を送っております。感謝。

6月、姉と一緒に実家を処分するために、北海道へ行きました。92歳の母が家の処分を決めたのがきっかけでした。実家には誰も住んでいませんし、滅多に帰っていませんでしたが、それでも、もう実家へ帰るということはできなくなったのだと思うと少しさみしい感じがします。北海道は帰るところではなく、行くところになります。

8月、9月職場では大きな地域行事、お出かけプログラムがありました。ことごとく悪天候にたたられました。8月の花火大会は他の地域では、悪天候によるけが人も出ていたようですので、何とかできたことは感謝なことですが、地域の方々の心温まる言葉にとても励まされました。

8月に私は60歳の誕生日を迎えました。還暦です。2004年3月に神学校を卒業し、4月東駒形教会、本所賀川記念館に入職して今年度で定年を迎えます。とは言っても継続雇用でまだ働かなければいけないのですが、一応の区切りが来ます。

常務理事として、館長として早く後任を決めなければいけないのですが、当面2018年に賀川生誕130周年、2019年本所賀川記念館50周年、2023年に関東大震災100周年記念などがあり、本所賀川記念館の改築もあり、神様の御心ならば、これらのことの道筋をみんなと共につけなければいけないです。

水海道教会は、6月に復興記念礼拝を献げました。ひとまず建物に対しては区切りがつきました。教会に連なる子ども園の地域に証しする業、教会が地域に貢献できること、そして何より自分たちが神様に生かされて赦されて、歩んでいる日々を感謝します。

賀川豊彦生誕130周年

先日、久しぶりに筑波山に行ってきました。天気の良い日でした。紅葉がきれいで、リフレッシュできました。つつじが丘からロープウエイで上り、そして下りてきました。女体山まで6分で着きました。一通り景色を眺めて、やはり6分で下りてきました。「時は金なり」です。

ただ、その日つつじが丘のおかめコースを登ろうとしている人たちが準備を整えて、頂上に向かっているのを見ると、うらやましくもなりました。その日はドライブを中心に考えていて、登山をする気で行かなかったので仕方はないのですが、登山にはもってこいの日よりでした。少し準備して今度は登山を目的に行きたいと思いました。

 
1888年7月10日に賀川豊彦はこの世に生を受けました。そして来年賀川生誕130周年になります。先日、賀川豊彦生誕130周年記念事業の準備委員会がありました。賀川の関係施設が集まり、130周年をどのように持つかと言う話をしました。「賀川の業績を顕彰するのと同時に、今日の課題及び未来について考える機会とする。」ということが主旨です。

家の光協会、生協総研、共栄火災コープみらい、鳴門市賀川豊彦記念館、全労済、日本生協連、労金協会、(社福)雲柱社、松沢資料館、松沢教会、(学法)雲柱社、本所賀川記念館等々のメンバーが集まりました。
 
賀川豊彦が手掛けたいろいろな事業が今日まで続いて、そしてそこで働いている者が賀川の志したものを後世に伝えよう、また、共に働いている仲間たちと共有しようとしていることを感じました。2023年、関東大震災100年を迎えるに当たり、本所賀川記念館もいろいろなことを考える時に来ています。生誕130周年がその準備の時ともなることができればと願っています。

 
18日、「あすなろの里」で親子デイキャンプをします。港区からバスで50人の小学校一年生の親子がBBQをしたり、散策をして遊ぶ予定でしたが、天気予報はこの日だけ雨。キャンプ場の屋根つきのところでBBQをして、午後は県立自然博物館に行く予定です。天気が良かったらあすなろの里を満喫できるのにと思うと少し残念です。

新しい種を

ファイル 889-1.jpg 急に寒くなって、秋と言うよりは初冬を感じさせます。先週の出来事です。帰宅途中、つくばエクスプレスの秋葉原でいつものように電車に乗り込んだら、若い女の子に席を譲られてしまいました。若干複雑な気持ちでしたが、感謝して座ってきました。確かにその子よりはずーっと歳は重ねているのだけれど、席を譲られる歳になったのか…?少なくともそう見られたことは確かなことだ…。

10月といえば、採用試験の時期であります。記念館でも来年度の求人を始めています。同業の施設では8月に説明会をしたところ、参加した人たちの質問が子どものこと、やりがいとか言う質問はまったくなく、すべて労務に関することばかりだったと嘆いていました。手当のことやパワーハラスメントの対応策等々、施設長は入社する前からそれだけとびっくりしていました。人材不足、保育士不足ではありますが、この現象は事業者泣かせであることは確かです。

 わたしの寒さ対策は、温かい鍋料理と少し長めのお風呂です。あり合わせの野菜や肉、魚を入れて寄せ鍋にして食べると身体も温まってきます。食事をいただけることにこの上ない感謝と幸福を感じます。その後の入浴、足をしっかり伸ばして体全身で温まります。入浴後、足や肩に湿布を張って寝るとワープしたかのように次の朝になっています。さあ、今日も一日がんばるぞ!という気持ちで起きて活動開始です。

 庭で小さな小さな畑をしようかと思い、耕しました。そして時間と体力があれば、更に広げる計画でした。石灰を蒔くと2,3週間種を蒔けないので省略、家にあった5年前ほどの小松菜の種を早速蒔きました。待てど暮せど発芽らしいものは出てきません。むしろ雑草が生き生きと出始めました。ここで教訓。しっかり準備をして(石灰・肥料などをまいて)古い種ではなく、新しい種を蒔いてする方が良いなということです。遠大な計画はひとまず置いておいて、地道にできるところから始めます。さて、まず種を買ってきます。

最近の天候に悩む       加藤輝勢子

ファイル 880-1.jpg私は今まで十数年、児童館に関わってきて、行事・プログラムにおいて、天候のことであまり大きく悩んだことはありませんでした。しかし、昨年度くらいから特に大きな行事の時に、天候のことで大変気を遣うようになりました。

昨年の8月の「港南花火大会」は、午前中大変な暴風雨に見舞われ、11時に最終実施判断をする時に港区内の川の水位上昇で警報が出ました。結果、延期と判断しました。9月プラリバでの一番大きな行事である「プラリバ祭り」の時にも雨報、午前中は晴れでしたが、昼から大雨予報。そして予報的中で祭り最中大雨になりました。しかし、この日の夕方、延期していた花火大会を何とか実施することができました。
 
今年は8月19日に港南花火大会を計画、朝から晴れ、昼からの準備も滞りなく進み、5時過ぎ、ボランティアが集まって来始めた時から、空模様に変化、雨が降り出し、風が吹き始め、雹(ひょう)まで降ってきました。300組、約1200人以上の人が楽しみにしていた家族手持ち花火を中止し、打ち上げ花火のみ辛うじて実施しました。ケガや事故がなかったのが幸いでありましたが、遠くで雷のなる中での花火見学は主催者にとっては大変気が気ではありませんでした。

後でわかったことですが同日開催した多摩川花火大会ではゲリラ豪雨に襲われて中止に、それでも9人ほどの人が落雷によるケガをしたニュースを見て、他人事とは思えませんでした。
 
そして9月17日プラリバ祭りを計画してきましたが、ここにきて台風18号が直撃するという予報。晴天なら近くの公園で例年2200人ほどの人が楽しみにしている祭りです。雨天の場合はプラリバ館内で行う予定ですが、台風となると楽しみにしている子どもたちがプラリバに来ることができないかもしれません。

100人以上のボランティアの人の都合もあり、別日設定も中々難しい。どうしたらいいか良い知恵が浮かばず、心落ち着かない日々を過ごしています。祈りしかありません。しかし、最近の天候のニュースを見ているとこれからはこのような天気が普通になるのかもしれません。そんな時にどうすれはいいのか、まだまだ悩みは続きそうです。祈平安

ダイナミックキャンプ      加藤輝勢子牧師

子どもたちは夏休み真っ只中です。そして夏休みといえば、キャンプです。私はダイナミックキャンプ」と称して8月7日~9日までの2泊3日、子ども10人(5・6年生)と引率3名で行ってきました。群馬県藤岡市にある「おにし青少年野で外活動センター」に行きました。テント設営、野外炊事、カヌー、BBQなど計画しました。

ところがあの非常にゆっくりの台風5号が近づいてきました。7日朝、晴れ、品川駅から群馬の新町まで乗り換えなしの2時間、駅で昼食を取り、それから路線バスに乗って1時間、それから山道を歩いて行くはずでしたが、雨が降り、センターのバスでバス停まで迎えてもらい、無事到着しました。雨音が激しい中、カレー作りと飯盒炊飯をしました。

台風でキャンセルした団体があったようで、センターの宿舎に泊まりました。朝、小雨の中、飯盒炊飯、味噌汁、塩シャケを焼いて食べ、いよいよ午後からカヌー体験です。昨日の雨もあり、神流川の水も少し濁っているけれど上流の方まで行きました。上流は既に水がきれいでした。靄があがり、幻想的な風景でした。

日頃運動不足な私は力任せでカヌーを漕いだため翌日からの痛みがよぎりました。夜のBBQをしてこの日はテントで就寝。私のテントは蚊取り線香と湿布の匂いが蔓延。

3日目の朝、4時半より一斉に虫の鳴き声が始まりました。待っていましたとばかりに女子たちが虫取りに行くというので付き合い、朝は飯盒炊飯、缶詰、ミニカップめん、昼食のホットケーキを焼きました。帰りの電車で食べたホットケーキは最高でした。

このキャンプで蚊取り線香のつけ方を知らない者もいたり、私は小学生にスマートフォンの使い方を教えてもらったりと、いろいろな学びがありました。

このキャンプに行く前、私は自分自身の体力に多少の不安がありました。いざキャンプが終わって、もう少し頑張れるかなと思いました。

そして今、キャンプ後3日が経っても、多少の疲れの中で過ごしています。振り返ると、一日過ぎる度に動きが良くなっていく子どもたちの姿を見て、いろいろな可能性を見出したキャンプだったと、思いました。

父母の思い出の家       加藤輝勢子牧師


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ファイル 863-1.jpg5月、6月はいつもと違う忙しさを味わいました。それは、職場でのことですが、向こう5年の運営を提案することでした。日常の業務が忙しく、それに加えた形だったので、最初は少し不満を持っていましたが、職員たちと準備する中で、今までの振り返りとこれからのことを考える機会になりました。何よりも理念に立ち返り、基本に立ち返ることができました。
 
6月下旬に急きょ、北海道の実家の処分に行かなければならなくなりました。母をショートステイに預け、姉と共に仕事を終えて移動を含めて3泊4日の旅でした。上記のこともあり、大変時間がない中ではありましたが、いつもとは違う時間を過ごし、リフレッシュできました。

白老にある家は父母が老後を考えての住まいだったのですが、住まなくなってもう3,4年が経ちました。私はその家で幼少期を過ごしていないので、「はしらの傷はおととしの♪」という思い出はありませんが、父母の思い出がいっぱいありました。

幸い家をそのまま利用してくださる方がいましたので、少し?掃除をして、手続きをして終わりました。もう家に帰るために北海道に行くことはなくなるのだなと思うと、一抹の寂しさを覚えます。

6月の第4日曜日、雲柱社と東駒形教会と記念館の合同研修会を行いました。今年はそれぞれの現場での実践報告で、約150名ほどの参加で実りある一日でした。それから数日が経ち、一通の手紙が届きました。

「合同研修会の折、輝勢子先生のことを拝見しましたが…」という手紙でした。差出人は新庄教会時代の教会学校の子どもでした。今、墨田区の児童館で働いているというのです。懐かしく思うと同時になぜ研修会の時に声を掛けてくれなかったかなと悔やまれますが、いつかまた会いましょうと手紙を書きました。

最近、満員電車の中で言い争いをしているところをよく見かけます。ぎゅうぎゅうの満員なのに、押しただの、割り込んできただのとイライラが顕著に表れています。一日の始まりを余裕をもってむかえ、仕事にのぞみたいと思います。

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